IKTT :(クメール伝統織物研究所)森本喜久男
IKTT :(クメール伝統織物研究所)森本喜久男

織り継がれてきたクメ-ルの織物

ムスリムの人達は、自分達の村をソイと呼ぶ。ジャオザンからメコン河本流に面するタンジャオの町までの約17キロの間にも幾つかのチャム・ムスリムの村が点在し、そこにはモスクがある。しかしそこは、カンボジアのようにムスリムだけの村ではなく、ベトナム人や中国系の人達との混住した集落である。

船着き場の側の村で、高床式の家の梯子の所に腰かけ、外行く人を眺めていたムスリムの小柄なおばあちゃんに声をかけてみる。よそ者の私達に彼女は「カンボジアから来たムスリムか」と尋ねてくる。私は、カンボジアの調査で知り合った青年に同行してもらっていた。彼は英語の他にベトナム語もできる、もちろん相手がクメ-ル人であればクメ-ル語も。彼が、おばあちゃんにカンボジアから来たと言ったからである。おばあちゃんは奥の家の主の年配の男性に引き合わせてくれた。彼も最初に、私がムスリムであるかどうかを尋ねてきた。ムスリムの人々同士のあいさつの作法でもあるのか、突然の来訪者に少し戸惑っている様でもあった。彼に、カンボジアでチャムの人々の織物に出会ったこと、そして、ベトナムで織られているチャムの織物を求めてここまでやって来たことを説明すると、彼は織物のある村まで私に同行してくれるという。

彼に連れられ訪ねた村の一角は、丁度、京都の西陣の路地裏にでも迷い込んだように、織機のカタン・カタンというシャトル(杼)を飛ばす音が、あちこちの家から聞こえてくる。高床式のそれぞれの家の階下には2台か3台の織機が並び、木綿のムスリムのためのサロ-ン(腰布)やクロ-マ(万能タオル)が若い織手によって織られている。この村にはカンボジアなどで使われているような伝統的な織機はすでになく、100年程前に現在のフライング・シャトル式の織機に変わったとのことであった。400家族の村の中に、現在約100台の織機がある。

この村ではカンボジアでラバックと呼ばれる、紋織り総柄の絹布も織っているという。彼等は、チャム語でカントゥアンと呼んでいる。その布を見て驚いた。全く同じ柄の同じ色の古布をプノンペンの市場で買っていたからである。緻密に織られたその細かい花柄のジャガ-ド織りを見た時、とても魅かれた布である。13枚の綜絖(そうこう)で柄が織られている。カンボジアで使われている織機とは異なり、足踏み式の簡単なジャガ-ド式の織機が、高床式の家の中に据えられている。家の中に、据えられているのは高価な絹を織っているためだろうか。現在村でこのカントゥアンを織れる女性は僅か8人だけで、近いうちにホ-チミンで開かれる物産展に招待されているという。そのために、昔使っていたクメ-ル式の伝統的な織機を今新たに再現、作っている所だと説明してくれた。壁に掛かったカレンダ-の裏に簡単に書かれた織機の図面には、奇麗な装飾が施されている、不思議に思って尋ねると、昔からのものではなく、物産展のために新たに考えたものだそうだ。

更新日時 : 1995年05月16日 09:22

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