カンボジアの伝統染織
アンコ-ル・ワットやバイヨンの遺跡に残る、不思議な笑みを浮かべる壁面のアプサラ(天女)のレリ-フ。その数は、数百を超え、 その衣は、あきらかにインドのパトラ(経緯絣)を思わせ、花柄と幾何学模様の柄が今も読み取れる。
13世紀のアンコ-ルを訪れた中国人、周達観による、当時のアンコ-ルの人々の生活を描いた「真臘風土記」(和田久徳訳注、平凡社)には服飾と蚕桑の項があり、すでに養蚕があり、織物がなされていた事が書かれている。訳者の注も含めて詳しく、ぜひ読まれる事をお勧めする。その中にはインドから布が輸入され、特別の布(純花布)として扱われていたとある。
現代のカンボジアに伝わる織物は、今回の調査の結果、大きく3っのグル-プにわけることが出来た。
まず最初のグル-プは、ジョンキェトと呼ばれる絣の技術を用いたピダンと呼ばれる絵絣とサンポット・ホ-ルと呼ばれる綾織による緯(よこいと)絣の腰布である。ピダンは壁に掛ける物で、寺を中心に天女や象、ナ-ガ(蛇)など、宗教的意味合いを持たせたモチ-フが多い。古い物の中には、全く繰り返しの無い柄により構成された布もあり、カンボジアを代表する絣といえる。
一方、サンポットはクメ-ル語でスカ-トのことを指し、ホ-ルは絣を意味する。サンポット・ホ-ルの中にも色や柄などにより4っの区分けがある。
まず、古典的な草木染の色に基本を置く黄、赤、黒、緑、藍など5色のサンポットホ-ル。プノンペンの市場などで人気のある、明るい化学染料の色のサンポット・ホ-ル・ポ-。メインの柄の他に両端と裾に立派な柄を持つ、サンポット・ホ-ル・カバン。このカバンは唯一男性が着る事の出来る絣でもある。カバンには、2枚分の腰布(約3メ-トル)と言う意味もあり、ジョンカバンと呼ぶパンツ状にはく着方にも使われる事がある。ストライプと絣の組み合わせによる、サンポット・ホ-ル・クトン。
これらサンポット・ホ-ルのモチ-フは200以上あると言われている。だが、それらは、織手の記憶の中にあり、記録されてはいない。戦乱の中で、それらの高度な伝統の技術を受け継ぐ織手たちが激減し、残された人達も高齢になってきているのが現状である。
第二のグル-プは、サンポット・パムアンと呼ばれる経緯糸異なる色により、綾織りで織られた玉虫効果のある布である。それを基本地として、花などをモチ-フにして金糸銀糸を使って紋織りで総柄に織り込んだ物が、チョラバップ。豪華な物でセレモニ-や結婚式に利用される。
糸綜絖の数も複雑になると、綾織り用の三枚と紋織り用の19枚、計最高22枚が使われている。同じく総柄で、色糸を使ったラバック。紋織りを裾柄に織り込んだ物が、チョチュン。細い緯ストライプの、アンルゥン。日本のやたら織りと同じように、もとは絣の残り糸で織られていたと思われるカニィウ。約1センチ程の紋織りのモチ-フを20センチ間隔で4方に飛ばした、バントック。
これら1と2のグル-プは、シルクで、全て3枚綜絖の綾織りによって織られている。
第三のグル-プは日常着。農民や庶民の布と呼べる物である。そのためかシルクあり木綿ありで織られてきた。まず、サロ-ンと呼ばれる腰布。サロ-ンの基本は縞柄であるがその配色などにより、3っのタイプに分けられる。白のラインを基本にした、サロ-ン・ソ-。ソ-はクメ-ル語で白色。
そして、クロ-ラ・プノム・スロックなどと呼ばれる、タ-タンチェック柄の物。クロ-ラはクメ-ル語で柄の事を意味する。3っめのタイプはモスリムのチャム人によって織られている、木綿とシルクの混織のサロ-ンである。サロ-ンは、基本は平織りである。
これと別に、先の真臘風土記にも出てくる、白地の綾織の布がある。平織りの布もあるが、綾織が主で細かい柄をさりげなく織り出した布もある。用途は多様で僧衣、棺に掛ける布、村人の正装用などに使われる。マックルアと言う木の実で黒く染めて農作業着にもなる。この布は、タイ東北地方に住むクメ-ル系の村人も同様の目的で織っている。
そしてクメ-ル人なら一人に一枚というのが、クロ-マと呼ばれる、多目的タオルである。汗は拭く、頭に被る、物を包む、腰に巻く。時には、赤ん坊もこの中に入れてあやしたりもする。よく見かけるのは、青と白か赤と白の配色の小さなチェック柄のものだ。少し凝った配色のクロ-マをしているのは、チャム人のおばさんだったりする。
カンボジアでは男女兼用だが、タイ東北地方の、ラオ、クメ-ル系の人びとの間では同じようなやくめの布はパカォマ-と呼ばれ、男性のみが利用する。これ以外には、蚊帳やブランケットを織っていたが、近代化の中で需要がなくなり、今ではほとんど織らなくなってきた。
更新日時 : 1996年03月04日 09:32