IKTT :(クメール伝統織物研究所)森本喜久男
IKTT :(クメール伝統織物研究所)森本喜久男

桑の木基金について

カンボジアの村は、戦乱の傷跡を深く残しております。その村では、戦争がはじまるいぜんは、盛んにお蚕さんを飼い、糸をひくという伝統的な養蚕が続けられてきました。クメール伝統織物研究所では、村での伝統の復活と活性化を目的に活動しています。これまで、カンポット県のタコ-村で、養蚕を復活。現在、あらたな地域で養蚕復活プロジェクトを進めようとしております。これは、ちいさな「村おこし」。わずかでも、戦争ですさんだカンボジアの村人に、笑顔がよみがえればと考えています。そのプロジェクト基金として、桑の木基金を設立いたしました。

いま、私たちはカンボジアの村で桑の木を植える計画を準備しています。1970年に始まったカンボジアの内戦。それから約25年間、混乱と不安のなかにカンボジアの村はおかれてきました。その内戦の傷痕は大きく、いまだに多くの地雷が放置されたままになっています。そのため、現在も地雷の犠牲者があとを絶ちません。
カンボジアは、アンコールの遺跡群で知られているように古くから、独自の文化を築き上げてきた民族でもあります。非常に繊細なかすりの絹織物も、そのひとつといえます。しかし、戦乱の中でその優れた織り手の多くは亡くなり、その技術は伝えら れずにきました。また、織物に使われてきた、しなやかな熱帯独自の黄色い生糸は、古くから村の中で作られてきました。1960年代以前には、タイやラオスなどとくらべても、東南アジアの中で生糸の生産が一番盛んな地域でした。

カンボジアで伝統織物の復興とその活性化にとりくむクメール伝統織物研究所では1995年から、カンポット県のタコー村で小さな養蚕プロジェクトを、村民の協力の下実施してきました。その経験のうえで、現在新たな地域での養蚕プロジェクトの展開を計画しています。養蚕プロジェクトの経験は、生糸の生産によりわずかながらも農業以外の現金収入を村人にもたらすことを教えてくれました。現在、カンボジアの中でも特に戦闘の激しかったバッタンバン県のラタナモンドル郡の、養蚕をしたことがある村で、村人と話し合い実施のための準備に入りました。

特にこれらの村は、地雷の被害にあった農民が多い地域でもあります。それら地雷被災家族を含めた、養蚕プロジェクトは、この地域の人々に大きな希望をもたらすことができます。養蚕をはじめるために、まず桑の木の苗木から準備をはじめなくてはなりません。このプロジェクト実施のための基金へのご協力を、ここにお願いいたします。桑の木基金は、桑の苗木3本を一口とし、一口3千円とさせていただきます。

 *************************************
  1口:3000円
  口座:国際ボランティア貯金 ぱるる
  記号 14400-2 番号 29352321
  名義 森本喜久男
 *************************************

更新日時 : 1998年08月04日 09:02

前後の記事: | 蚕が死んでしまった >>
関連記事
ゴールデン シルク(2007年03月25日)
援助について考える(4)熱帯の蚕(2000年07月25日)
援助について考える(3)近代養蚕の導入(2000年07月25日)
蚕が死んでしまった(1999年02月09日)
蚕は死んでしまった(2002年05月04日)
バッタンバンからの報告(2000年09月27日)
ロンリープラネット(2007年07月12日)
バージョンアップ(2007年05月12日)
アメリカのテレビ取材、そして(2007年05月12日)
蚕の道(2007年05月11日)