IKTT :(クメール伝統織物研究所)森本喜久男
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カンボジアンオフロード(前編)

陸路で約700キロ。プノンペンから飛行機なら1時間と少しできてしまうタイのバンコク。それを、なぜか半分冗談のような話から、陸路でいくことになってしまった。98年9月、かるい冗談から、出発まで2日はかからなかった。

プノンペンからオートバイで、国境の町ポイペットまで約400キロ。きれいに舗装された日本の国道を400キロ、ならばオートバイでもそんな苦になることはない。まあ、パトカーを気にしなければ、かるくひとっ走りなんてゆう感じかもしれない。しかし、ここはカンボジア。目いっぱいカンボジアンオフロードにようこそ、だった。

予想よりもはるかに道は荒れ、まともに走れるところはプノンペン近くの道を含めて全体の3割ほど、あとはぼこぼこ。ほんとうにまあボコボコだった。雨季の水溜まりばかりの道、平らなところがない。それでも最初は、カッコよくスワロームなんてしゃれていた。しかしまあ50キロもそんな道がつづけば、あとは体力だけ。気合が抜ければ、そのまま水溜まりへ。しかしその水溜まり、深さは半端じゃない。

日本の面積の約半分にあたるカンボジアの国土。中心にはトンレサップ湖という大きな湖がある。カンボジアは、面積に対して道路の数が圧倒的に少ない。国を縦断する幹線道路がわずか7本。いわゆる、日本でいうところの一級国道にあたるもの。こんかい走りぬけてきたのは湖の南側をはしる、国道5号線。プノンペンから西に向かって、トンレサップ湖の南をまわり、バッタンバンの町をぬけてタイの国境に通じる幹線道路。湖の北側を走っているのが国道6号線。こちらわ、有名なアンコールの遺跡がある、シアムリアップの町をつうかする。湖の北西のはしにある、シソポンの町で両国道は合流。5号線となって、国境の町ポイペットまで残り50キロ。

国道1号線はプノンペンの街から東南、ベトナム国境にむかっている、その先はホーチミンシティ。2号線は93年、国連の暫定監理下、UNTACのころ日本の自衛隊がきて整備、簡易舗装をした 、南に走るタケオの町への道。この道は、そのままメコンデルタのベトナムに通じる、ボコボコ道。

そして3号線は海の町、カンポットの町へでる。でも、つい数年前までは山賊が出るといわれ、とくに山間部を通過するときは数台の車でコンボイを組んで走るようにと、国連から通達のでていたところ。4号線は、港町コンポンソムにつうじている。コンテナー車など大型車両が多いこともあり、一番よく整備舗装された国道とよべる。

そして、5号、6号は西へタイの国境に向かっている。もう一つ、最後の7号線は、プノンペンから、メコン河にそって北に走る。クラッチェ、そしてストゥントレインの町にいたる。その先は、有名なラオス国境とにかかるメコン唯一の滝。コーンの滝にたどりつく。しかし、この道は半分まで行かない、コンポンチャムのあたりまでが、国道と呼べるしろもの。その先は、いたるところで道が道でなくなる。まだ整備が進んでいない、最近まではクメールルージュか山賊がいた地域でもある。

いま、このコンポンチャムの町のメコン河に橋ができようとしている。これは、メコンにかかる二つ目の橋。一つは有名な、タイからラオスのビエンチャンにかかる、別名平和橋。そしてこの橋は、カンボジアでは初めてメコン河にかかる橋。しかし、現在のカンボジアの全体的に乏しいインフラの現状からすれば、この橋のプライオリティはどこにあるのか、田舎道ばかり走っている私としては、ちょっと考えさせられる。この道の先はまだこれからの地域。必要ないとはいわないが、現在は立派なフエリーが車や人を運んでいる。

実は、この日ポイペットまでいっしょに行った友人が、最近このさきの道をバイクで走ってきた。もちろんバイクでなければ走れない。田んぼ道のようなところを走っているうちに、しらないうちにラオスに入ってしまったらしいと気がついた、と彼曰く。彼は、普段はクラッチェの田舎町に住んでいる。オートバイで、村を回りながら子供たちに絵本を配ったり、紙芝居をみせている日本人である。

(中編につづく)

更新日時 : 1998年10月08日 14:44

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