IKTT :(クメール伝統織物研究所)森本喜久男
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蚕が死んでしまった

95年の7月から、カンポット県のタコー村でプロジェクトを始めて以来、今回で三度目だろうか。助かったのはオムさんの家の繭(まゆ)だけ。養蚕グループのリーダー・ポンさんの家では、いかにも栄養不良で育ちの悪そうな、いつもより一回り小さな繭が、飼育用の竹のざるの上に一握り。

繭から蚕蛾が出て、一部は交尾して産卵したようだが、その卵も暑さのためか死んでしまっている。側にはひからびた蚕蛾が転がっている。今年の乾期は例年になく厳しい。村の中にあるいくつかの溜め池もひからび、かろうじて底の方に水を残している池も、泥水と化している。

村に残っていた数本の桑の木から挿し木をとり、三年目にしてやっと桑畑と呼べるようになってきた。その桑の木も三割ほどが立ち枯れていた。土はひからびカラカラ。もう少しこの暑さが続けば、あと何割の木がダメージを受けるか。
しかし、思っていたより村人の表情は明るい。わずかに残っているオムさんの家の繭に皆の期待は集まっている。もう三日もすれば蛾が出てくるだろう。

不思議なことに、彼女の家は僅かばかりポンさんの家に比べ涼しい。昔ながらの質素なヤシの葉っぱで屋根を葺いた小さな家である。小屋のような家であるが、家のそばに小さな木があり、この木が日陰を提供している。このわずかな温度差が生死を分けたのだろう。
カンボジアで伝統的に飼育されてきた蚕は、カンボウジュ種と呼ばれる黄色い繭である。当然、そこから引かれる生糸も黄色く、黄金の生糸とも呼ばれている。

日本や中国の白い繭が、年に一回か二回孵化し冬眠する温帯性の二化性と呼ばれる冬眠しない繭である。そのため、卵から蛾までの45日間のライフサイクルを年に八回ほど切れ目なく続ける。
しかし、乾期の暑いときと雨期の後半、温度が上がりカビなどの影響で、蚕の段階のときダメージを受けやすく、生産は落ちる。

これまでタコー村では、夏と雨期の時期にそれぞれ一度大きな被害を受けてきた。はじめの頃は、慣れずに村人も深刻で、私が訪ねたときもどうしようかと悩んでばかりいた。しかし、三年間の経験が村人たちにも少しの余裕をもたらすようになってきたようだ。

タコー村の養蚕プロジェクトのメンバーは現在50名。生糸の販売から、僅かながらも定期的に現金収入が村に入るようになり、プロジェクトが村の中に定着しつつあることが、こんなアクシデントの中で見えてきた。

更新日時 : 1999年2月 9日 16:00

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