IKTT :(クメール伝統織物研究所)森本喜久男
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スピードボートは快適?(前編)

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シアムリアップに住み始め、多いときは月に何度か仕事でプノンペンに行かなくてはならない。そんなとき、当研究所のような、弱小団体では片道US60ドルプラスの飛行機での移動なんていう予算はなかなか出てこない。とうぜんのことながら、安くて快適?なスピードボートや陸路を利用することになる。

ちなみに、飛行機で60ドル、スピードボートで25ドル、乗合ピックアップトラックの最高席、助手席一人占めで10ドル。なぜ、一人占めと言うかといえば、このピックアップトラック、この国では通常助手席には2人座らせられる。乗合乗用車に7人、8人というのは普通。時間は、順に1時間、5時間、8時間というところ。乗り合いように使われている、ピックアップトラックはほとんどタイ製。しかし、ショックはダブルで、まあ足回りは日本でいえば完全なラリー仕様。ボコボコ道をものともしないで、走りゆく。

プノンペンの某有名ゲストハウスが運行する、マイクロバスは9ドル。でも、12時間はかかる。8時間でいくという言葉にのせられて、ほんとうに乗ってみた。けれど、狭いマイクロの中に12時間は苦行の世界。道路は半分、ぼこぼこ道の時速15キロ。ピックアップトラックのほうが、はるかに快適で早い。

わたしも元気のいいころは、ガソリン代だけのバイク、6時間でひとっ走り、なんてゆうことをやっていた。が、さすが、何度かの事故を経験、最近は安全を考えて、乗るだけの人にまわっている。一度は、あと10キロでシアムリアップというとき、冗談のように競争してくる2台のピックアップトラックに遭遇。気がついたら川の中に落ちていた、こともある。交通法規も、在ってないような国、冗談のような走り方をする車やバイクも多い。

なかには、自分が「法規」というような感じで、走ってくる人もいる。これには勝てない。そして、この国にはバイクの運転免許制度はない。とうぜん、交通法規に関係なくというか、知らないで走る人も多い。よしてほしい、公道なんだから、と言いたくなる。しかし、プノンペンからの陸路でのシアムリアップ。じつは、自由に走れるようになったのはここ2年ほどのこと。それ以前は、途中のコンポントム県あたりは、山賊やゲリラのたくさんいたところ。地元のカンボジア人でも、通らなかったし、通れなかった。飛行機以外では、スピードボートが唯一の庶民の移動手段だった。それいがいに、荷物を運ぶためにすこし大きな木造船が走っている。スローボートとよばれているが、ほんとうにいつ着くかわからない。荷物の積み下ろししだい。

しかし、そんな快適なスピードボート、日本大使館では、安全でないと日本人にはオススメではないようだ。二ヵ月程まえ、ボートが武装強盗に襲われるなんていう事件も発生した。ただ、地元紙によれば、たまたま、とんでもない現金を持った人が乗り、事前にその情報を持っていた強盗団がその彼を狙ったもの。乗り合わせた人は、飛んだとばっちり、だったようだ。わたしの記憶では、この6年間で2度目。まあ、当時は戦争も一部でやっていたことを考えれば、安全なほう、かな。

この、シアムリアップ、プノンペン間のスピードボート、約300キロを、約5時間で突っ走る。プノンペンから、トンレサップ湖に出るまでの川沿いは、水上生活を営むベトナムやチャムの人たちの生活や、漁の様子も見られ、おすすめ。この、トンレサップ湖を中心にしたカンボジアの淡水面の漁獲高は世界でもトップクラス。北洋漁業の漁獲高と比較されるほど。米とならび、湖の水資源は豊かなカンボジアの自然を象徴している。


(後編につづく)

更新日時 : 2000年8月 6日 16:15

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