IKTT :(クメール伝統織物研究所)森本喜久男
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アキラの地雷博物館-地雷はもうたくさん(後編)

地雷博物館の開設

彼は、英語、フランス語、日本語にも堪能で、1998年から旅行ガイドの免許をとり、現在の地雷博物館のあるところで暮らしはじめた。彼が家を建て住み始めたころ、その周辺にはまだ多くの地雷が残されていた。そして、その除去が彼の最初の仕事でもあった。最初、まわりには誰も住んでいなかったが、最近たくさん家が出来はじめてきたらしい。はじめは、そんな除去した地雷をならべて展示しはじめた。

博物館を正式に開設したのは1年と8カ月前からで、最初は反対する人も多かった。約2年前にシアムリアップの元知事から地雷除去の仕事にたいし感謝状をもらった。そして1年3カ月前には、現知事と観光局から、それぞれ感謝状をもらい、正式に博物館としてオープンすることができた。

彼は、まずカンボジアの人たちにこの地雷の恐ろしさを知って、見てもらいたいと思った、という。そして併せ外国人にも、地雷をそしてカンボジアの現実を理解してもらいたいと思った。その為には、この様な施設が必要だと考えはじめたようだ。

アンコールワットの遺跡周辺での地雷除去

彼は現在カンボジアで中心的に地雷除去をすすめてきているCMACという組織から声をかけられ、時には共同で地雷除去の作業を進めている。

アンコールの遺跡の周辺にもいぜん多くの地雷があることが知られている。が、遺跡保存地域であるという特殊性から、一般に行われているような、地雷発見後、爆破して除去する方法はとりずらい。

そのために、アキラ氏が進めている、信管を取り除き内部の火薬を取り除く方法であれば、遺跡への影響を防ぐことが出来るということで、最近改めて注目を浴び始めたようだ。しかし、この彼の方法は、長い実戦的な経験のうえで可能になった方法であり、簡単に誰でもが、習い出来るものではない。彼のこれまでの経験に裏付けられた、職人芸のようなものである。そして、普段彼の使う道具は、金属探知機などの最新の機器ではなく、ごく普通の農民が畑で使う、木の棒の先に付いた小さなスコップだけなのである。そして、彼は地雷を、畑で芋でも探すように見つけ、処理してしまう。

一年と数カ月前にオープンしたばかりの、地雷博物館であるが、周辺の村人や、地雷除去作業を進める機関や政府からも、熱い視線で見られはじめているというところかも知れない。彼のひょうひょうとした性格とともに、カンボジアの中で重要な地雷撤去の仕事を、彼がひとりででも続けていこうとしている、その熱意は敬服に値する。

更新日時 : 2000年08月18日 16:21

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