IKTT :(クメール伝統織物研究所)森本喜久男
IKTT :(クメール伝統織物研究所)森本喜久男

カンボジアはお盆

カンボジアは9月24日は憲法記念日。ことしは日曜日だったので、翌日の月曜が振替でお休み。そして、27日、28日は「お盆」。

あと、土曜日、日曜日が重なるから、約一週間のお休みになるところが多い。日本と同じで、カンボジア中で大移動が起こる。そして、お寺へ行き、祖先の霊を弔う。カンボジアでは、4月のお正月と、このお盆が一番大切な季節の節目。研究所には、遠くタケオ県から来てもらっている織り手が6人。彼女たちは、もう数ヶ月も前からこの帰省に向け、市場に行っては、田舎へのお土産を買いこんでいた。シアムリアップはトンレサップ湖で採れる魚が豊富で安いところ。市場で生の魚を買い、開いては干物にする毎日。だから、研究所の前の庭には、いつも竹の笊に干し魚が並んでいた。

クライマックスが近づくと、村に持ちかえる鍋や釜まで買い始めた。出発の前の日、ええ!引越し、と聞きたくなるほどの荷物を袋に詰め始めた。ところが、そのうちの一人が24日の早朝4時、嘔吐と下痢におそわれた。彼女は、ここ2ヶ月ほど病気になり、体調をこわしていた。近くの保健婦さんの治療を受けていたが、1ヵ月しても好転せず、病院で再検査を受けた。サルモネラ菌が原因だとわかり、新たな医師から治療を受けはじめた。食事も、おかゆと言うより、重湯。そんな食事の毎日で、体力もなく、その分田舎に里帰りをすることを楽しみにしていた。

カンボジアの人たちは、わたしたちの感覚でいうと、え!と驚くように、よく点滴をする。本当に重病で体力がなくて点滴、というのではない。ちょっと、体調が悪いから点滴、なのである。

これは、戦争の長い国の、野戦病院的感覚なのでは、とあるとき思ったが。彼女も、この間何度か点滴をしていた。まあ、重湯だけの食事では体力もないから、やむおえないのだが。ただ、わたしからみれば、一時に比べれば顔色も良くなり食欲もあり、なのに重湯だけ。きくと、病院で3ヶ月は重湯だけといわれた、という。心配になり、豆乳を買ってきたりしたが、すこし飲むだけ。ところがである、その出発の朝、また痛み出した。嘔吐の原因は、往診に来てくれた医師の話しで判かった。新しい薬をもらっていた。その薬の副作用。日本なんかよりもはるかに、強い薬が販売されていることは、普通。そんな、とおもうがこれも事実。医師はさっそく、薬を飲まなくてもいいと指示。そして、ふたたび点滴。彼女と同じ村からきたもう一人のおばあちゃんを残して、他の4人は乗合トラックで出発した。

そして、夕方。再び医師が検診に来てくれた。曰く、もう大丈夫だと。村に帰れる。ところが、彼女の顔はあいかわらず、元気がない。食事も普通に取って良いと、医師にいわれても。田舎に帰れば、元気になってもどってこれるだろうか。こんなに長引くとは思わなかった。結果的には2ヶ月の自宅療養。翌日、5時。まだ暗い中、迎えの乗合トラックが来た。なんかもめている、どうも昨日より値段が上がっているようだ。乗合トラックでプノンペンまでの330キロ。荷台ではなく中に乗ると、昨日は5ドル、ところが今日は7ドル強、お盆値段になっている。これは、助手席に2人乗せる値段。ちなみに、後の荷台は5000リエル(1.2ドル)。わずか1日、冗談のようだがそうらしい。お正月の市場でも、物が軒並み高くなる、理由は、お正月だから。あの、ボコボコ道、ここしばらく雨もよく降っていたから道もひどいはず。10時間はかかる。病み上がりの身、無理をしないで中に乗ったほうが良い。わたしは、最近プノンペンに行くときは、船に乗る。約5時間、22ドル。昼には着くから、午後には用事を済ませ、翌日またシアムリアップにとんぼ返り、なんて言う事をしている。

彼女が痛みと嘔吐になったおかげ、というと怒られるが、診察に来てくれたお医者さんと、顔見知りになった。夕方の診察をおえた彼に、お茶をだした。一緒にお茶を飲みながら、まずお茶の話。彼は、お茶文化のある、ベトナムに住んでいた。ここカンボジアで、現役の医師の多くは、ベトナム時代にベトナムに研修に行き学んだ人が多い。彼もその一人。驚いた事に、79年、そう、ベトナムがカンボジアに侵攻を開始したその年、彼はベトナムに。最初の1年は、語学研修。それから5年間、84年まで彼はベトナムの大学で医学を学んだ。そして、帰国。シアムリアップの病院で、医師として働き始めた。現在は、眼が悪くなり手術を出来なくなったので、病院勤めは退いている。アイコムと呼ぶ、無線機を診察カバンのよこにぶら下げ、無線がかかるとバイクで駆けつける。

カンボジアのような環境の中では、貴重なお医者さん。ベトナム語はもちろん、英語、フランス語を話せてしまう。話の中で、彼はベトナムには沢山の大学がある、でもカンボジアは、と嘆いていた。そして、タイ。そんな話しから、カンボジアの歴史の話しになり、ベトナムとタイの狭間で翻弄されている、カンボジアの歴史へと話は移った。彼は、アンコールワットは人か神か、どちらか造ったか知っているか、とわたしに尋ねてきた。

これは、アンコールにスピリットの存在を認めるわたしには、謎である。

更新日時 : 2000年9月26日 16:23

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