IKTT :(クメール伝統織物研究所)森本喜久男
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12月のフルムーン

昨日の11日は、12月の満月。しかし、乾季にはめずらしく夕方から少し雨模様でフルムーンを見ることは出来なかった。ほとんど雨の降ることのなかった11月から5月の乾季にも雨が降る、そんな異常気象がカンボジアだけではなく、この地球ではあたりまえになり始めている。

この12月の満月、カンボジアの人々にとって特別な意味がある。とくに今年のように6月から10月にわたる雨季の時期に多くの雨が降り、トンレサップの湖が大きく広がった年はなおさらである。雨季にはその大きさが数倍に広がる、トンレサップ湖。その広がった地域の多くは乾季には雑木の茂る荒地の様相を呈しているところ。が、そこは湖に住む魚たちに自然の産卵場所を提供するとともに、豊富なプランクトンの発生を促している場所でもある。そこで孵化した稚魚は成長し、12月の満月の前1週間、大きな湖の中を回遊するという。この習性は、2月の満月の日まで続く。そして、満月を終えると、ぴたっと魚たちは動かなくなる。

この稚魚や小魚たちの、満月前夜に移動する不思議な習性を利用した独特のダイと呼ばれる大掛かりな伝統の漁法がある。カンボジアのトンレサップ湖からメコン川にいたる、淡水漁業の漁獲高は世界のトップクラス、北洋漁業の漁獲高と比較されるほど。ダイ漁で採れた小魚は、カンボジアの人々にとっては無くてはならない調味料、ブラホックに加工される。ブラホックは、塩漬けにして醗酵させた魚。琵琶湖の鮒寿しか、塩辛のようなもの。スープに入れるか、炒め物などに使う。カンボジア料理の味の基本、無くてはならないものである。

カンボジアの食の基本はこのブラホック。タイのナムプラーやベトナムのニョクマムのような、中国系の人たちの醤油文化はここには無い。もともと、中国系のタイ(シャム)人やベトナム人が中国南部から南下してくる前にこの地域に住んでいた人々の中には、醤油文化は無い。タイの東北地方にも同じ魚を醗酵させた、プララーと呼ばれる調味料がある。そして、胡椒。また、カンボジアにはタロイモ文化圏に属する食の文化がいまも生きている。これは、この地域の人たちが、かつて海洋交易のなかで活発に動いていた時代を物語るもの。これらは、農村に暮らすクメールの人たちの食生活、味の基本。しかしアジアの多くの都市は、商業にたずさわる中国系の人たちが多く暮らすところ。そこには醤油文化が花盛り、しかし、都市だけがアジアではない。農村部に入ると、その様子はおおきく変わる。中国系の人たちがやってくる前の時代の、古くからの食生活がそこにはまだ残されている。

シエムリアップには、この魚の塩づけ加工を専業にしている人々の村もある。しかし、現在そこで加工された醗酵魚の多くはタイに運ばれていく。この醗酵魚を絞ったものから、タイのナムプラーと呼ばれる醤油が作られている。この物流は、タイとカンボジアの経済格差を反映したもの。カンボジアのもう1つの、自然の恵みと言える、豊かな米も、その多くはタイに華僑の人たちのネットワークで運び込まれていく。単純に、1キロのの米の価格が、タイではカンボジアの倍近くする。

こんなフルムーン前夜、トンレサップ湖の水がメコン川に流れ込む、トンレサップ川には近在の農家の人たちが数百、数千人と、いまでも牛車に乗って集まってくる場所が何ヶ所かある。そして川原では、採れたばかりの魚を漁民から、これまた収穫したばかりの米と交換する農民たちの姿。その風景が満月まじかの夜の川原で繰り広げられるている。そして、農民たちは魚をさばき、足で踏み込みながら、これからの1年の家族のための自家用ブラホックを川辺で数日間、野宿しながら作りつづける。これは、この季節の満月の日を前に古くから続いてきた、不思議なカンボジアでしか見られない光景。

更新日時 : 2000年12月12日 14:15

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