IKTT :(クメール伝統織物研究所)森本喜久男
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メコンにまかせ Vol.007

■■ バ イ ヨ ン の 月 ■■

 月夜の中で見るバイヨンは素敵である。
 アンコールの時代から人々はこの月夜に浮かぶ、バイヨンを見つ
 めていたのだと思うと、うらやましくなる。深々とした木々に囲
 まれたバイヨン寺院。その自然環境を支えてきたクメールの人々
 に敬意を表さずにはおられない。
 長く続いてきた内戦の中にあってアンコールの遺跡群を取り囲む、
 その豊かな自然を守り抜いてきた人々。これは、簡単そうで、な
 かなかできるものではない。

  ■消えゆく自然■

 人間の欲は限りない。木があれば切りたくなる。そんな例が進行
 している。昨年、カンボジアの東北部、ベトナム、ラオスと国境
 を接する、ラタナキリ県に出かけた。クメール語で「宝の山」と
 いう、山の人たちも多く暮らす地域といわれてきた。
 そんな期待をもって訪ねたが、しっかりと、その期待は裏切られ
 た。飛行場のある街に近づくと、林のように見える木々は植林さ
 れたゴムの木。あとは、ほとんど寂しい限りの状態。国境のベト
 ナム側にある高い山の麓まで、平らに見渡せてしまう。タイの北
 部でも、よくこんな禿山状態を見てきたが。たいしたもの、木は
 切るだけ。もう「宝の山」なんて地名は返上しなくてはならない
 のでは、と思ってしまう。でもまだ土の中には、宝があるのかも
 しれない、が。

  ■最後のモンスーン林■

 アンコール遺跡のあるシエムリアップにはその背後に、プノムク
 ーレンと呼ばれる山並みがある。海抜は400メートルほどの低い
 山並み。だが、そこには、アンコールの時代に作られたレリーフ
 やリンガなどの遺跡が、川の流れの中に今でも残っている。

 この山並みの中に、2年程前までは、樹齢100年以上の樹々が
 林立する熱帯モンスーンの自然林が残されていた。それは、すば
 らしいものであった。しかし、今はもうその姿をみることはでき
 ない。

 もう10年以上前になるが、ある大学の林野の専門家たちとタイ
 の山を歩き回ったことがある。それは、どこかに、熱帯モンスー
 ンの自然林が残されているのではないかという、希望とも言える
 仮定の上であった。しかし、あのタイでさえというのであろうか、
 当時既に、そんな自然林はどこにも残されていなかった。
 熱帯雨林と熱帯モンスーン林は違う。モンスーン林は基本的には
 チークやフタバガキ科の木などが中心となって形成された熱帯疎
 林。
 2年前にあの森をはじめて見たとき、だから、なおさらであった。
 感激とでも言うのだろうか。本当に、樹齢100年以上、200
 年ほどの樹も在ったのではないだろうか。高さ30メートル級、
 もしくはそれよりも大きい、そんな樹が林立し、その間には一回
 り小さな木々が、といっても大きな樹が、うっそうと茂り、その
 間に自然のままに小さな木々や植物が。
 本来ならば、こんな自然環境に遭遇するためには、かなり山の中
 を分け入らなければ見られないもの。しかし、たまたま、新しく
 できたばかりの、車が通れる道路から偶然それが見えてしまった。

 遺跡などをよく視察される、タイのシリトーン王女が、その山の、
 カバースピンと呼ばれる川の中にある遺跡をご覧になられるため
 に、急遽整備された道路。あの地域は、もともとカンボジアの人
 たちにとって聖なる山。そして、カンボジアの内戦の中で最後ま
 で、ポルポト派がたてこもっていたところ、のひとつ。しかし、
 96年末には投降。
 わたしを、そのエリアに最初に案内してくれた、ドライバー氏は
 ブルトウザーが通り過ぎたばかりの、その出来たてほやほやの道
 を指差しながら、ここは以前、といっても数年前まで、この道路
 をはさんで、政府軍とポルポト派の軍隊が激しい戦闘を繰り広げ
 たところだと説明してくれた。
 97、98年の最後の内戦も終え、いまは戦場でなくなった。そ
 して、道路が整備され、その次に、当然のように木は切られ始め
 た。
 何とか残せないものかと、少し調べたりもしたが、国連機関やOD
 A関係でも、そんな自然林が在ることは全く知られていなかった。
 そして、インターネットを通じて、日本の環境保護団体などに連
 絡してみたが、受け取ってくれた、団体の職員の方は好意的であっ
 たが、それ以上どうしようもないことであった。
 それから、何度かその地域に足を運んだ。驚くことに、行くたび
 に、林立していた樹々が消えていくのがはっきりとわかる。最後
 に足を運んだ数ヶ月前には、そんな樹齢100年を越えるような
 樹は、見事に跡形もなく消えていた。そして、どこでもよく見か
 ける、樹齢せいぜい20、30年の木がある、普通の森になって
 いた。
 人間だって、100年生きることは大変なんだぞ。200年も生
 きてきた木を、何に使うのか、そんな簡単に切るなよな、と言い
 たくなる。
 またひとつ、カンボジアから自然が消えていった。こんなふうに、
 自然が消えてゆくことなど、このカンボジアをふくめて、今日の
 社会では、そんなに珍しいことではないのかもしれない。
 しかし、それをまのあたりにしてしまうと。

  ■もうひとつのバイヨン■

 アンコールワットからアンコールトムにいたる地域は、ご存知の
 ように、現在その周辺の木々が残されてきている。そのなかには、
 多くの樹齢100年を越すような樹があり、遺跡を取り囲んでい
 る。それらの生い茂る樹により、すばらしい自然環境が維持され
 ている。
 エアコンの効いた車で回られる方は、残念ながら体験できないの
 だが、アンコールワットの手前、料金所を過ぎたあたりから、そ
 の気温とともに空気が変わりはじめる。それは、アンコールトム
 の、バイヨンの手前参道というのだろうか、あの南大門を過ぎた
 あたり、木々が深く覆い茂ったところまで。すばらしい、森林浴
 の気分にさせてくれる。高級ホテルのエステも、それはそれでい
 いと思うけれど、自然の木々とその空気に触れながらのリフレッ
 シュほどすばらしいものはない。
 しかし最近、アンコールワットの手前、料金所のところあたりか
 ら、大きな木が以前に比べて少なくなってきているような気がす
 る。だからか、以前のように、空気の大きな変化が感じられなく
 なってきた。
 国の事情なのだろうが、2年程前から、アンコールの遺跡全体が、
 民間の管理会社に委託されるようになった。やはり、管理の目的
 からか、アンコールワットに6時以降、入れなくなった。以前は
 夕日をゆっくりとアンコールワットに腰をおろして眺めることが
 できたのだが、それも今では無理となってしまった。
 
 ユネスコの世界遺産に指定された観光地、アンコール遺跡を展示
 するという風に変わっていかないで欲しいと、願う。ある日、気
 がつけば、アンコールを取り囲んで茂っていた樹々が無くなって
 いる、そんな日がきてしまうのだろうか。それは、もうひとつの
 バイヨンを意味する。

 


クメール伝統織物研究所
森本喜久男

更新日時 : 2001年2月 9日 13:46

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