IKTT :(クメール伝統織物研究所)森本喜久男
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ひさしぶりのオフロード

つい先日、久しぶりにバイクでシアムリアップからプノンペンまでの道を走ってきた。

わたしの好きな、車齢13年のHONDA250XLRのほうが、ダートなカンボジアンオフロードに53歳のわたしより、耐えられない、という感じであった。それは、シエムへの帰り道。荷物をくくりつけていた荷台が、ダートのなかで、吹っ飛んだ。もののみごとに。車体のパイプ内部からの錆びが原因だと思うが。まあ、車体自体がダートの中を走っているときに吹っ飛び、わたしもいっしょに飛ぶよりは、ましだけれど。行程の約半分、約170キロは、あいかわらずの、カンボジアンオフロードにようこそ、だった。

プノンペンに着いてから、翌日、タケオの織物の村を訪ねる予定であったが、それもキャンセル。顔見知りのバイク屋で、帰りに備えて前輪のブレを修理するはめになった。このときせっかく直してもらった、後左側の純正のウインカーが、帰り道に荷台といっしょに、吹っ飛んで砕けたのは残念だった。

そのおかげか、プノンペンでのんびりすごし、久しぶりの長期滞在している日本人の友達に会うことができ、それはそれで、よしだった。ここ数年、銃声の音も無く、平和になったプノンペンの街角で、こんな長期滞在の日本人と会うことがめっきり減りはじめた。わたしも7年、足掛けだと94年からだから、8年になる。ときの過ぎ行くのは、はやいもの。そんなわたしよりも長く、この街に滞在している人たちも、多かった。そんなかれらは、平和になったこの街には似つかわしくないのだろうか。ひとり、ふたり、と消えていくように、見かけなくなってきた。そのかわりというと変だが、新しく来た人たちを、やはりこぎれいになっていく街で、見かけるようになってきた。ここでも、確実に世代?、交代が始まっている。でも、銃声が飛び交うころに、平気ですごしていた人たちに比べると、ガイドブック片手のかれらとでは、なんか気迫がちがう。ごめんなさい、そんな気がするのは、偏見だろうか。


数年まえ、冗談のような、バイクでの事故を数回かさね、身の心配もあり、しばらくバイクでの遠出を控えていた。というよりも、バイクで長丁場に出かける勇気が沸いてこなかった。しかし、ここ数ヶ月、カンボジアにきていらい、久しぶりに、あじわうことのなかった、ゆっくりとした、時間を持つことができた。そのおかげというのだろうか、ふたたび己の内側から、パワーアップすることが出来たようにおもう。こんな時間を与えてくださった神様に感謝。そんな神様が、わたしがシエムリアプをバイクで出るとき見送ってくれた。

オフロード。でも、国道は日増しに良くなってきはじめている。シエムリアプから途中、コンポントムまでは、あいかわらずのダート。しかし、コンポントムを過ぎてコンポンチャムとの合流点をすぎたあたりからプノンペンまで、日本政府の援助による完全舗装路。快適なもの、時速100キロも無理ではない。これが同じボコボコの国道6号線かよ、、と言いたくなる。今回は、あまり無理をしないで、と思っていたせいか、約1時間おきにタバコ休憩。約340キロの道を、6時間半。帰りもほぼ同じであった。人や荷物を積み込み、行き交うピックアップトラックで約9時間、それに比べれば。いぜんは、もっとダートを5時間半、なんてことも。まだ戦闘が終わって間がないころ。コンポントムあたりの、山賊が良く出没した丘陵地帯を走り抜けるときは、緊張したことを、覚えている。

ご存知だろうか、カンボジアでは国道に、いまでも丸木橋があったりする。そして、時には、あるべきところに橋がない。橋がありそうなところは、気合を入れて走らなければ、そのまま、お疲れ様の、あの世行き。わたしもいちど、競争しながらやってくる、クレイジーな2台のピックアップトラックに、行く手をさえぎられ、橋の真中の大きな穴に落ちたことがある。川の水の中から、冗談だよな、と、怒鳴りたくなった。

しかし、最近シエムリアプ周辺の道路もやはり日本の援助で修復が始まっている。そんなに長い先ではなく、カンボジアンオフロードもなくなっていくのかもしれない。

増えはじめた、アンコール詣での旅行者の人たち。建ち並ぶ、あたらしいホテル、レストラン。そして、お土産物屋さん。地雷や戦災のカンボジのイメージが変わろうとしてきている。そのなかで、わたしもシエムリアプに暮らしながら、町の人々の表情や生活の変化をすこしづつ感じるようになってきた。カンボジアは、緊急救援の時代を終えつつある、それが実感。ちょうど、1980年台半ばを過ぎ、高度成長に向かい始めたころのタイ。そんな比較を、久しぶりのプノンペン往復のオフロードドライブを終えて、思った。しかし、あの時タイ経済を包み込んだ日本のバブルはもうない。でも、戦乱の時代から確実に平和の時代が訪れはじめている。健全な経済や社会の到来とでもいうのだろうか。そのなかで、あらたな人々の生活が、いま始まろうとしている。そんな、時代の変化を感じたのかもしれない。

更新日時 : 2001年6月19日 16:24

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