2002年10月アーカイブ

こんかいわたしのアメリカ行きのきっかけを作ってくれた人は、このワシントン大学の東南アジア研究センターに所属する研究者である。彼女はラオスのモン族の両親を持つ女性でいまはアメリカに暮らす。数年前にバンコックで催された東南アジアのテキスタイルのセミナーで最初に出会っていた。

こんかいのマサチユーセツ、ワシントンDC、そしてシアトルという初めてのアメリカ巡業でほんとうにいろんな人たちと出会うことが出来た、それが一番の収穫のような気がする。その多くはもちろん東南アジアの布が好きな人たちだが、その彼女や彼らがそれに興味を持った、そのきっかけの少しでも知り話すことが出来たことが、とてもよかったように思う。そして、訪ねた三っの町はそれぞれ違う性格を持っていた。でも、なんといっても最後のシアトルの大きなロキード社の飛行機の工場の横に、アジア人が沢山暮らす、そんな町の風景が面白かった。昼飯に寄った下町のバラックに毛が生えたようなベトナム人のヌードル屋に、ちょうど日曜日で少し着飾ってやってくるアジア系の家族ずれを見ながら、美味い米の麺を食べた。その味はたぶんしばらく忘れられないだろう。

わたしはカンボジアの伝統織物の話と、研究所の活動の経過と現状のようなことを報告したのですが、他の報告者の多くがペーパーを見ながらの発表という感じだったのですが、ペーパーなどないわたしは、ぶっけで集まられた方々の顔を見ながらリアルな感じで話したせいか、参加者のかたから好感を持って受け入れられました。

アジアはうろうろしておりましたが、わたし太平洋を越えたのは初めてなのです、マーメイド号の堀江健一さんではないですが、半分御のぼりさん感覚で周りの人たちや、町の風景を眺めておりました。乗り換えのデトロイト空港の手前、シアトルを越えたところから、アメリカの農村風景を飛行機から見ておりましたが、本当に大きい。農地の区画の単位が1キロ、100ヘクタール単位もしくは、その4倍、2キロ四方で区切られた農地が地平線まで続いている、それを見ただけで、アメリカという国の大きさを感じてしまいました。

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