IKTT :(クメール伝統織物研究所)森本喜久男
IKTT :(クメール伝統織物研究所)森本喜久男

「森」が支える伝統の知恵

 この「伝統の森」再生計画のきっかけともいえるアイデアは、実を言うと2000年の12月に、シェムリアップからバンコックに向かう飛行機の中で、突如ひらめいた。そのとき持ち合わせていたノートに、その思い付きをメモした。それが最初。それまで、あれこれ考え、あたためていた伝統織物の再生のためのさまざまな課題が、「森の再生」という事業のなかで連鎖して実現できることが、そのとき一瞬にして見渡せるように感じたのだった。

 これまで各地で試みてきた養蚕を、シェムリアップで実施したいと思っていた。ラックカイガラムシの育成と、それに必要な木々の植樹。また、カンボジアで途絶えてしまった藍染めを再開するために必要な藍畑の復活。手紡ぎの木綿を織るための綿花の栽培。そのほか、伝統的に使われてきた自然染色の素材となる植物の栽培とその見本園の造成。……そういったひとつひとつの課題が、森の再生というキーワードが媒介となってすべて繋がっていくことに気づいた。それまでの何年かの間に、あれこれ溜まっていた思いのすべてが咀嚼され、一気にノドもとを通り過ぎていくようだった。
 わたしが伝統織物を再生するために、解かねばならない課題を意識するきっかけは、95年のユネスコの織物調査で村々をまわったときのこと。カンボジアのあちこちの村々を訪ねるうちに気付かされた、村の中で伝統的に維持されてきた自給と循環のシステムの存在である。

 かつて、村には必要な布を織るための生糸を生む蚕を育てるための桑の木があり、木綿を紡ぐ綿花の栽培も、そして糸を染めるために必要なラックの育つ木や藍もあった。それ以外にも、染色に使える植物を見出すことができた。それらは、村を構成する自然の一部として、そこにあった。

 そして、思い返してみれば、わたしはそれと同じようなことを、80年代にタイに暮らすクメール系の人たちの村で経験していた。それは、染色に使える自然染料となる植物の調査を村で実施していたときのこと。集落のなかから田へと視線を移したとき、生活に必要な植物や木々がそこここに点在していることに気づいた。染めの材料だけではなかった。家を建てるための、牛車を作るための木、あるいは魚を取る網の耐水性を補強するための実のなる木。そして、家の柱に必要な木を伐採するときには、その木の苗木を植える。――そんなことが村の生活の一部として行なわれていた。数え上げればきりがないほどに、そうした経験は語り継がれ、時間をかけて培われてきた「伝統の知恵」であった。

更新日時 : 2003年3月 3日 10:19

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