IKTT :(クメール伝統織物研究所)森本喜久男
IKTT :(クメール伝統織物研究所)森本喜久男

村の生活と自然の循環システム

 このように、カンボジアの村のなかに、古くから自然環境との循環を活かした暮らしがあったことが見えてきた。見えてきたという言い方は本当は正確ではない。なぜならアジアの他の地域を見ても、そんな人と自然との伝統的な生活のかけらさえも消え去った地域が圧倒的に多いことを思えば、その営みが村のなかで伝承され、それを受け継いできた人々がここにいるということはきわめて重要である。

 その一方で、20数年の内戦下の混乱が人々の生活を変え、あわせて伝統的な自然環境も破壊されていた。そんなことも村をまわりながら見えてきた。何代にもわたってラックカイガラムシを育てていた樹齢百年になるような木を、戦争で失った家を建て直すために切り、生活に必要なお金を得るために売り払ってしまった。こうして、村からラックは消えていった。綿の木や藍は、織物をしていたおばあが亡くなったあと、誰も手をつけずにいたため野生化してしまっていた。もともとそれほど豊かでなかった村のそばにあった小さな森も、すでにめぼしい大きな木は切られてしまい、人々が市場に売る薪を求めて小さな木まで切りつくしたため、見るも無残な姿をさらしていた。同じ村に何年か続けて通っているうちに、遠くに見えるそんな山の変化が見て取れた。これを、ただ単純に人口の増加による村人の現金収入のための経済活動の拡大がもたらすアンバランスと言い切ることはできない。

 もともと村人の生活は、自給にもとづく複合的な小さな経済活動によって成り立っていた。これは重要なことである、熱帯モンスーンの自然の中で米も作るが芋も、そしてココナッツも。時には布やラックも売れていた。

 量は少ないだろうが、それで得られるものは大きかったはず。以前は物々交換であっただろうし、貨幣に交換されていっても、村人の必要な外部からの物と交換することができていたはずである。しかし、そんな村の伝統的な経済活動の複合的バランスはもはや消えつつあった。それは、それを支えていた伝統の中で培われてきた経験や知恵をも消してしまい始めていた。それは、心の変化ともいえる。
 わたしたちの村人との接点は、村の中で織り継がれてきた伝統の織物である。そしてその伝統をひとつひとつ学ぶなかで理解し得たのは、その織物もまた村の自然環境との循環システムの一部であるということだった。だが、それはすでに瀕死の状態にあった。伝統の織物の再生のためには、その自然環境の再生を抜きに成立し得ないことが次第に明らかになってきた。

 だが、既存の村でそれを実施することは容易なことではない。それぞれの村人の経済活動や家族の状態、そして土地の所有などに複雑に絡む。それを、外部のわたしたちが伝統の再生だといって村人に声をかけてみても、簡単に動けるものではない。仮にそのことで生まれる経済効果が明らかであったとしても。そして、村の村人同士の関係、すなわちコミュニュティのあり方とも関係してゆく。瀕死の自然環境を再生するために必要な時間とエネルギーと費用を考えると、既存のコミュニュティにおいて実施することはとうてい無理に思えた。それよりは、新たな場所でその再生を手がけていったほうが、具体的かつ可能性があるようだった。そんなことを漠然と考えていた。

 そうした思いが、森の再生と併設する村の再生計画へと発展した。すなわち「伝統の森計画」であった。

更新日時 : 2003年3月 3日 10:20

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