IKTT :(クメール伝統織物研究所)森本喜久男
IKTT :(クメール伝統織物研究所)森本喜久男

「鎮守の森」から「伝統の森」へ

 飛行機のなかでのひらめきから、実際に計画が動き始めるまでには、約一年半の時間が必要だった。じっくり熟成という感じで寝かせていたわけではない。ひらめきはひらめき。それを具体化するために、まず資金=予算がなくてはならない。いつも自転車操業の、赤字運営が自慢の研究所にはそんな余裕はなかった。故に、そのめどを立てていかなくてはならない。

 そして、自分でもアイデアを深め整理する必要があった。親しい友人などに意見を聞きながらすり合わせをしてゆく、そのための時間でもあった。ひとつひとつの課題についての解決のしかた、優先順位、その担い手、そして先立つお金のこと……、そうした点についての意見交換のなかで出てきたものに、計画の名称についての指摘があった。

 じつは、いちばんはじめにわたしの頭に浮かんだ言葉は「鎮守の森」だった。わたしにとって、それはこどもの頃の田舎の村にあった鎮守の森。しかし、友人の社会学者氏から指摘を受けた。この言葉は宗教的な意味を持つことになるかもしれない、と。鎮守という言葉には、神道的な文脈がついてまわる。しかるにカンボジアは仏教国である。些細な点ではあるが、後々それが問題になりはしないか。わたしはそんな宗教論議をするためにこの計画を進めようとしているのではないから、とりあえず単純に、その意見を受け入れることにした。わたしのなかでは、シェムリアップの精神世界ともいうべきものが「鎮守の森」という言葉と、深いところで通じているように感じてはいた。だが、これも新たな歴史論争を経なければならないだろうから、一歩引くことにした。

 2001年11月、恒例になった日本での展示報告会の会場に、「シェムリアップ・伝統の森再生計画」という趣意書ともいえる一枚のコピーを置いた。これが、伝統の森についてのお披露目であった。そして、研究所のホームページ上にも紹介するようにした。

更新日時 : 2003年3月 3日 10:20

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