IKTT :(クメール伝統織物研究所)森本喜久男
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年に一度の大仕事

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年に一度の大仕事、なんていうとそれは少し大袈裟かな。でも、ほんとうに一年に一度ぐらいしか描いていないような気がする。そんな、久しぶりの仕事が、研究所の生成りの布に自然の染料でローケツ染めをすること。
もともと、手描友禅職人だったわけで、そのころは毎日キモノを描いていた。何人かの親方から、ローケツ染、素描、そして友禅と一通りのことをやっていた。そのなかでもメインはローケツ染。いま思えば、そのころのローケツの師匠の仕事は、今思えば神業。とても今のわたしなんか足元にも及ばない。木蝋、蜜蝋、パラフイン、カルナバと、それぞれの浸透度の違う蝋を使い分け、そしてその温度差による違いも組み合わせて、一筆描きで描かれていく花たち。素描の師匠は元は扇面の絵描さん、それでは食えなくて、といいながら男物の大島の羽織の裏に浮世絵や花鳥を素描で描いていた。そんな仕事をする職人さんが京都のキモノの世界を支えていた。そう思うと、今ではそれが受け継がれていないような気がしてとても残念な気がする。
キモノの柄では、やはり古典の琳派風の花鳥がすきだった。でもなかなかそういう仕事ばかりではなかった。最後には、何人かの弟子を抱えて親方をしていた。このキモノ不況といわれるなかで、そのころの弟子の一人の女性が今でも筆を離さないでがんばっている。昔かたぎの親方の下で修行して、職人として育ったそんな経験が今の仕事に生きていることは、間違いない。
京都でのキモノ作りのなかで学んだことのひとつは、いい物を作れば売れる。美にたいするそんな確信のようなもの。それは、いまの途絶えかけていたカンボジアの伝統の絣を再生する作業のなかで、生きているような気がする。妥協はなし、とりあえず採算は無視するしかない。冗談のような作業を繰り返しながら、でもいつかは昔のすばらしい絣の世界を再現することで、生かされるときが来る。それを支えてくれている要素のひとつは、そんな京都時代の経験なのかもしれない。
わたしの布との接点は、そんな染めてみたい気持ちを興させてくれる布。研究所でも何とかそんな布が織れるようになってきた。それは、研究所で一緒に仕事をしてくれている、おばあたちの成果でもある。そんな布を見ながら、年に一度ぐらいは、むくむくと描きたい気持ちが湧いてくる。不思議なものである。
木のモチーフはガジュマロの木。ベージュの葉は椰子の実の外側を煮込んで明礬媒染の色、それにおはぐろ鉄の媒染で墨。黄色はカユクニンの木、赤はラック。常温染めと媒染剤を組み合わせている。特にカユクニンの黄色は常温で染まってしまう。染めてあるから、もちろん色落ちはない。この方法は、いぜんタイのスリンの村のおばあから教えてもらった染め方。秘伝である。昔から伝えられてきた知恵なのである。

更新日時 : 2003年6月19日 12:59

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