IKTT :(クメール伝統織物研究所)森本喜久男
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バッタンバン

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写真は、最初が焼け出された研修生の家。そのあとは、バッタンバンの市場の風景。

久しぶりにというか、突然バッタンバンに自分で車を運転して行ってきた。
研究所の研修生でバッタンバンから来ている一人が、夕方自分の家が火事で燃えてしまったといって泣きこんできた。そして、心配だからいまからすぐ行きたいと。といっても、時間は夜の8時。乗り合いトラックの便はもう走っていない時間である。
最近研究所に、あたらしい、といっても10年落ちのトヨタハイラックスが好意のご縁でやってきた。研究所でははじめてのエアコン付きの車である。それが、ちょうど燃料を満タンにしておいてあるのに気がついた。
そして、彼女の泣き叫ぶ姿を見ていると、ほっておけなくなった。深夜のタクシードライバー。ダンシングロードの異名をもらっている、国道をそれも深夜に160キロほど走るのは決して気乗りがするものではない。治安面では昔のように、明るいうちに町に戻らなくては、なんて心配はしなくても良くなったが。
研究所のドライバー氏にも同行してもらい、夜8時半、バッタンバンに向けて出発した。そして、途中シソポンまではあいかわらずのオフロードだったが、驚いたことにシソポンからバッタンバンまではきれいに再舗装されていた。夜中の12時半には無事バッタンバンまで辿り着くことが出来た。町の市場に近い彼女の家のそばまできたら、きな臭い火事独特のにおいがして、現場が近くにあることがわかるほど、たくさんの家が焼け出されていた。うれしそうに家族と抱き合う彼女を見ていて、無理して走ってきてよかったと思えた。
一緒に同行してくれたバッタンバンに親戚がいる研修生の知り合いの家に、夜中の1時過ぎに押しかけ、泊めてもらい、翌朝、再び現場に行ってみた。黒山の人だかりのなか、家族でかたず家をしていた、お父さんは肩の力が抜けていた。着の身着のままで焼け出されたようで、今日の食事をするお金もないようだった。ちょうどそんな気がして用意してきたお金を置いてきた。

更新日時 : 2004年1月26日 09:13

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