2005年5月アーカイブ

チエーン

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職人のことをカンボジアでは、チエーンと呼ぶ。だから大工の棟梁は、メーチエーン。手伝いの若い衆はコンチエーン。メーはお母さんだけれども、この場合は親を意味する、だからコンは子どもの意味。
車の修理やさんも、チエーン。研究所の車の修理を頼んでいるところがどう見てもよくない、そして今日はそのとどめのようなことが起こった。新しいエンジンに乗せかえるつもりで頼んだのに、古いエンジンのパーツをそのエンジンに付替えようとしている。え、それはなに、なのである。
研究所の車を運転しているドライバーもそうだけれど、車の機械のことなど、知らないといっても差し支えないレベル。そんな、ドライバーや車のオーナーを相手にしているのだから、修理やさんは何でもあり状態。修理したところが数週間後には、というか一週間後かな、また壊れるなどというのは日常茶半。でもお金だけはまともにというか、時にはべらぼうな値段を要求する。
わたしは、プノンペンの値段を知っているから、怒りがやってくる。そういう意味ではプノンペンはまとも。シエムリアップは観光バブルのなかで車はほぼそんなバブルの中にあるから、修理やさんは、値段のつけたい放題、しかし仕事はいい加減、それがまかりとうっている。
今朝の一件で、プノンペンの知り合いに電話して車の修理やさんを呼んできてもらった。ちょうどもう一台も、プノンペンに持ち込んで修理をと考えていた矢先だったから。ホントに冗談のようなことがまかりとうっている。これはほかのチエーンの世界でも共通する。そんな職人でも許される、わたしたちも染めや織りの職人、でもそんないい加減な仕事はしたくない。

タイの自然染色

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約一週間、わたしの知人はシエムリアップに滞在していた。半分は研究所に残りは、いくつかの遺跡を訪ねてきたようだ。
今日の朝、シエムリアップを後にした。昨日の日曜日、朝の7時から夕方の5時過ぎまで、彼からの質問の山に答えながら一日を過ごした。タイのなかで、伝統の織物に目覚め、そしてインドで現場の中で学んできただけあって、かれの視点はクリアーな気がした。狭いタイのなかに閉じこもっていない、新しいタイプの研究者といえる。

そしてかれが、なぜかタイの村では自然染色の媒染材にみんなは明礬や石灰、そして鉄を使う、昔の伝統とはちがうように思うのだけれども、という質問があった。じつは、その方法はわたしが20年前にタイの村で講習会をしながら教えてきた方法なのである。それが今では一般的になってきている。20年前、わたしが講習会をした村が今では自然染色の伝統織物で有名な村になっていること、そして今行くと昔からやっていたと言うけれども、じつはその20年前の始まりのころをわたしは知っているのだとかれに説明した。当時、他のNGOでも少し遅れて同じようなプロジェクトをはじめてきたが基本は、その方法をコピーしていた。
そして先ほどかれから、メイルがきていた、そのなかにそのことに触れて、感謝の言葉があった。もう20年ほど前のこと、でもタイの人からそんな言葉をもらったのははじめてである。

アーチャン

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カンボジアでは、カンボジアの精神世界をつかさどる人をアーチャンと呼んでいる。白い衣を着て、ふつうはお寺にいるが、これはいわゆる仏教とは別のものといえる。仏教は後からやってきたものであることが村のひとの、たとえば葬式などの儀式のときに理解できる。
じつは、亡くなった元研究所の女性が、その日の夜わたしの家に現れた。といってもわたしが見たわけではないが、わたしの住んでいる家には約15人ほどが同居している、その一人が見たという。じつは亡くなったその女性は、わたしに謝らなければならないことがあった。それをしなければ冥土にはいけない、そんな気がわたしのなかにもあったのだが。
そして昨日、やはりこの家に同居している、研修生が朝からお葬式に手伝いに行って夕方戻ってきてから、熱を出して倒れてしまった。わたしから見れば、疲れで、と思うのだけれども、他の同居人は、口をそろえて亡くなった彼女が乗り移っている、という。そして、熱を出している本人もうわごとのようなことを口走りながら、それもどきの状態であった。
簡単な手当てをして熱は引き、今度は寒気がするという。そしてみんなの、なかにアーチャンを呼ばなければ、という声が。急に降り始めたスコールのなか、アーチャンを寺に呼びに行った。
しばらくして、やってきたアーチャンはまず、聖水を用意しながら呪文を唱え始めた。そして、その本人にその聖水を、そうすると彼女は突然叫び始めたのである。まさに、みんなが言っているように、亡くなった女性が乗り移っていると。
わたしも、だから昨夜はお線香をあげて彼女が成仏できるように祈った。
そんな話は今日の研究所のなかで話題になっていた。成仏できずにさまよっていたんだと、みんなはそれで納得していた。彼女が研究所にいたころに、いじめられたりしたことのあるものもその話題の中にいた。わたしの怒りの件は、さまよいながらここえ訪ねてきたのだから、まあ、許してもいいかな、という気になった。
ここのところ、足を痛めたりして、祈祷師の、そして、昨日はアーチャンと、カンボジアの精神世界ずいている。

冥福を祈る

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もう一年ほど前に研究所をやめていた女性である、そしてその姪っ子に当たる10代の女性が二人、現在も研究所で働いている。昨日亡くなった、年齢は34歳、でも聞いてみるとねずみ年、わたしと同じだから32歳、こちらは数えでいくからそうなるのだろう。
少し複雑な家族関係であることは聞いていた、でもいざ死んで見るとわかるもので、亡くなった病院から家にではなくお寺に直接移されてきた。そして、よくあることなのだけれども、お葬式のお金がないという。身内といえるような人がわずか、数人、その研究所にいまもいる姪っ子二人を入れてであった。お葬式の準備がスムースにいかない、いつものように、研究所のおばあたちを呼んでと思ったが、とりあえずその場にわたしがいたので、遺影の手配や棺おけのこと、飾る花、そんなことをばたばたと。
そして、夜の9時を回っていたのかな数人の大工さんが作った簡単な棺おけに仏を移すための儀式を執り行い、身体を清める段になってそれを手伝う男衆がいない、本来なら身内の役割。そこまで手伝うことになった。
彼女はどんな経緯でそうなったのか知らないけれど、エイズで亡くなった。だからここ半年ほどはやせ細り、骸は60を過ぎた女性のようだった。1年半ほど前に、研究所に通っていたころの面影もない。身体を清めるのを手伝いながら、彼女の冥福を祈るしかなかった。

タイからの訪問者

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タイ時代からの知り合いが訪ねてきた。
かれは、インドで伝統的な織物の研究でテキスタイルのマスターをとり、日本にもやはりテキスタイルの勉強のために行っている。そして現在は、タイのチュラロンコン大学で講師もしているが、なおインドでドクターを目指して勉強しているようだ。
彼のような世代が、タイの中に生まれてきている。彼からのニュースでわたしのタイ時代、キングモンクット工科大学でテキスタイルの講師を3年間していたときの生徒が、そのごロンドンでやはりテキスタイルのマスターを取り、現在は母校で講師をしながら研究を継続していると聞いた。うれしい、あのころの学生の中からそんな専門家が育っている。一度、バンコックであったテキスタイルのセミナーで、ロンドンの大学で勉強中の彼女と出合ったことがある。そのとき、イギリスにいって改めてタイの中にある伝統の織物に強く関心を持つようになったこと、そしてわたしの授業の中の話をあらためて理解したことなど話したことを思い出した。
いまは、このカンボジアでそんなテキスタイルの専門家を育てていければうれしい。わたしの京都の手描き友禅時代の弟子の一人だった女性が、いまもこんな厳しいときに手描き友禅の仕事を継続している。それも、うれしいこと。

カンポットへ

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久しぶりにカンポットのタコー村を訪ねた。
10年前に養蚕プロジェクトを村で始めたときにリダーで村人を引っ張ってくれた、ポンさんがぐわいが悪いときいてだった。心配で訪ねてみて、思ってたよりも元気だったのでほっとした。80歳に近くなり、足が思うように動かせないことと、耳が聞こえずらくなっている。でも、少しだけれどもおかゆが食べられるとのこと。

彼はわたしにとって、お父さんのような気がしている。いわば見ず知らずに等しい、外国人のわたしが、養蚕を始めようと声を掛けそれに一緒についてきてくれ、なお他の村人を引っ張ってくれたわけだから。ほんとうに、感謝なのである。

そして、今はその孫の世代の若者が伝統の森の開墾に汗を流しに来てくれている。この10年間で三世代のタコー村の人たちと一緒に仕事をさせてもらっている。そんなわたしにとって、大切なジッチャンなのである。

出来上がった橋の

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鎮守祭、本当は開通式というのかもしれないけれども、明日の朝、やはり村の長老とお坊さんを呼んで執り行うことになった。
出来上がった橋はやはり大きい、そしてみんなはこの橋の安全を祈願したいと、それはこの伝統の森の発展のための祈願でもある。橋の横には、この橋の建設にかかわった140名ほど全員の名前を書き込んだ。

2005/05/20_____________________________________________________Vol.044

INSTITUTE FOR KHMER TRADITIONAL TEXTILES
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みなさま、クメール伝統織物研究所の森本喜久男です。ご心配おかけしました
が、ようやく足の腫れも治まり、3週間ぶりに靴も履けるようになりました。

福岡のNPO「明日のカンボジアを考える会」から、JICA広報誌『国際協
力』(2005年2月号)に掲載されたわたしのインタビュー記事のクメール
語訳をいただきました。これは、同会の西嶋さんと、福岡におられるカンボジ
ア留学生の方の協力があって実現したものです。ありがとうございました。
この翻訳記事をいただいたことで、長年の課題だった研究所のクメール語ウエ
ブサイトをインターネット上に公開できる可能性が見えてきました。研究所は
カンボジアのNPOです。ところがその公式ウエブサイトは、これまで日本語
と英語のみでした(もちろんこれも、無償で協力していただいている東京のク
サノさんのおかげなのですが)。
すでに、フランス人のジャーナリストからインタビューを受け、カンボジア国
内のフランス語とカンボジア語の新聞にそれぞれ紹介された記事があります。
そして「伝統の森」の事業を進めるなかで、研究所の中心メンバーに研究所の
活動の全体像を深く理解してもらうために、研究所の活動計画のクメール語訳
を準備してきました。
この3つの資料が揃ったことで、クメール語ウエブサイトとしても公開できそ
うです。使用するカンボジア語のフォントの問題など、問題はあるのですが、
できるだけ早いうちに実現できるよう準備を進めていきたいと思っています。


(1)読売新聞ザ・デイリー・ヨミウリで紹介されます。

明日、5月21日付のザ・デイリー・ヨミウリ(英字新聞)で、研究所の活動
が紹介される予定です。インターネットからでも、読売新聞のYOMIURI ONLINE
(http://www.yomiuri.co.jp/index-j.htm)の右上の[English] をクリックす
ると英字新聞に入れ、記事だけは読めるそうです(新聞紙上では、何点かの写
真も使用されるとのことです)。


(2)研究所のショップ&ギャラリーの営業時間を延長しました。

シェムリアップの研究所にある工房2階のショップ&ギャラリーの営業時間を
延長しました。日曜日も含め、午後7時まで開けておくようにしました。これ
は、観光ツアーなどでシェムリアップを訪れた方が、ツアーを終えてから布を
お求めにいらっしゃるケースが増えているためです。
なお、工房はこれまでどおり午後5時には作業終了となりますので、見学をご
希望のかたは、日曜日を除く、日中にお越しくださるようお願いいたします。


(3)研究所で復刻されたピダン(絵絣)の展示があります。

5月24日(火)~7月10日(日)まで愛知県美術館で「アジアの潜在力~
海と島が育んだ美術」と題した企画展が開催されます。カンボジアの「染め」
の作品として、クメール伝統織物研究所が所蔵する古いピダン1点と、研究所
で復刻されたピダン2点が展示されます。
== 愛知県美術館の解説より ====================
この展覧会は、東アジアの島嶼部であるインドネシア、カンボジア、タイ、台
湾、ベトナム、日本など、古代より海上交易によって結ばれていた地域を対象
に、造形のなかに共通する感性を見出そうとするものです。「彫り刻む」「手
でかたちづくる」「染める」といった基本的な技法に注目しながら、古代の造
形物から工芸、現代美術まで幅広いジャンルの作品を選び、この地域に豊かに
育まれていった造形を独自の観点から紹介します。
===================================
▼愛知県美術館
http://www-art.aac.pref.aichi.jp/jhome.html


(4)「カンボジアの絹絣」展が開催されます。

5月31日(火)~7月18日(月・祝)まで、福岡市美術館で「カンボジア
の絹絣」展が開催されます。
== 福岡市美術館の解説より ====================
アンコール・ワットなどの遺跡で知られるカンボジアの、絹の緯絣は、文様の
細やかさ、表現の豊かさで東南アジアの中でも群を抜いています。カンボジア
の絣には、建国神話にも登場するナーガ(龍)文様がしばしば用いられます。
本展では、ナーガのモティーフが表わされた絹絣を中心に、織の道具などもあ
わせて紹介します。
===================================
▼福岡市美術館
http://www.fukuoka-art-museum.jp/index.html


クメール伝統織物研究所 森本喜久男
http://www.esprit-libre.org/iktt/

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研究所は、月曜から土曜日の朝8時から午後5時までです(12時から2時ま
ではお昼休み)。工房も日曜日はお休みですので、工房の見学をご希望される
かたは平日にお越しください(できるだけ事前にご予約をお願いします)。な
おショップ&ギャラリーのみ日曜日も含め午後7時まで開けております。場所
は、シェムリアップ中心部にあるオールドマーケットからシェムリアップ川沿
いに南へ約1キロ、クロコダイルファームの200メートル手前の右側です。

※なお、このメールへの返信メッセージを読むことができません。返信はご遠
慮いただけますようお願いします。
※お問い合わせに関しては以下のURLよりお願いします。
http://www.esprit-libre.org/iktt/contact.html

【配信中止、アドレス変更は以下で行ってください】
http://www.esprit-libre.org/iktt/magazine/

●発行
INSTITUTE FOR KHMER TRADITIONAL TEXTILES
No. 472, Viheachen Village, Svaydongkum Commune,
(Road to lake, near the crocodile farm)
P.O. Box 9349, Siem Reap Angkor, Kingdom of Cambodia

※当メールに掲載された記事を許可なく転載することを禁じます。
※このメールマガジンは、インターネットの本屋さん『まぐまぐ』
を利用して発行されております。【 http://www.mag2.com/ 】
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靴が履けた

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今日3週間ぶりに靴を履いてみた。
昨日ぐらいから、自分で硬くなっていた患部をマッサージしながら、今日は昨日より血管が見えるようになってきた。
そして、思い切って靴にトライ。そして、そのまま、久しぶりにバイクで森までひとっ走りしてきた。

福岡のNGO,F-ACTのかたから今年の2月のJICAの広報誌、「国際協力」に記載されたわたしへのインタビュー記事のクメール語訳をいただいた。福岡におられる、カンボジアの留学生の方の協力があって実現した。感謝。

ところが送られてきたファイルが開けない。カンボジア語のフォントがまだ完全に統一されていないことによる。あわてて知り合いのカンボジアでは有名なABCコンピューターのシエムリアップの代表に頼んで、ユニコードなる新しいフォントをインストールしてもらい、何とかファイルが開けて読むことができた。このユニコードが今後のカンボジア政府も認める正式のカンボジア語のフォントになるらしい。このフォントを提供してくれた、ABCコンピューターも1992年、国連の暫定政権ができたときに、当時唯一のカンボジア語フォントをパソコンで作れる環境を提供、現在も若い人たちに人気のABCフォントと呼ばれて使われている。
そしてもうひとつ、ポピュラーなフォントはレモンと呼ばれているもの。問題は、それぞれキーボードの入力の仕方が異なること。だから文字化けする。

この翻訳記事をいただいたことで、実は長年の課題だったクメール伝統織物研究所のクメール語ウェブサイトが実現しそうになった。先に、フランス人のジャーナリストからインタビューを受けて、カンボジア国内のフランス語とカンボジア語の新聞にそれぞれ紹介されたものがある。そして、ここ数ヶ月「伝統の森」の事業を進める中で、研究所の中心メンバーに研究所の活動の全体像を深く理解してもらうために、テキストとして研究所の活動計画のクメール語訳を準備していた。この際も、翻訳会社のフォントと研究所のホントの愛称が悪く、まとめを進めてくれた研究所のマネージャーのナランさんはとても苦労していた。

現在、この三部作がそろったところで、この記事を中心に研究所のクメール語ウエブサイトをインターネット上に公開できる可能性が見えてきた。うれしいことである。研究所は、カンボジアのNPO。運営もカンボジア人のスタッフによって進められている、ところがその公式ウエブサイトはこれまで残念ながら日本語と英語サイト。

この10年のなかで、やっと研究所の実力、それは活動を支えていただいている今回の福岡のF-ACTの皆さんのような方々の日本を始めとした海外からの支援の輪の広がりと、そして何よりも研究所のスタッフ自身の成長が大きな力となっている。

今回、ABCコンピューターのシエムリアップの代表もそのために協力してくれそうなことを、チラリと言ってくれた。そんな、いろんな、本当に忙しいなかで研究所の活動を支えようとしていただいている方々にあらためて深、感謝。

写真家の大村次郷氏の写真とともに、福岡市美術館の学芸員・岩永悦子さんの論文「東南アジア織物文化におけるカンボジア チャム-マレー人の技術を中心に」、そしてわたしの「次代につなぐ、営みとしての染めと織り 伝統の知恵を育む森の再生」という文章が掲載されています。

『季刊民族学』

『季刊民族学』の写真を担当された大村次郷氏は、月刊誌『論座』のグラビアページで「市場 社会・世界」という連載を持たれています。今月号では、ブータンのティンプーを取り上げ、市場で売られていたラックカイガラムシを紹介し、併せてカンボジアでの私の活動についても短く触れていただいています。

論座 05月号 [雑誌]
B000851J98

Amazon.co.jp で買う

「カンボジア 暮らしと伝統のジグソーパズル」と題して、写真家の石川武志氏の写真とともに、研究所ならびに所長森本の活動が紹介されました。下記リンクから、国内送料無料でバックナンバーの購入が可能です。

こちらからバックナンバーの購入が可能です。
『週刊朝日』バックナンバー

足の痛み

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足の痛みは、まだあるものの普通に歩けるようになった。でもまだ少し腫れがあるため、靴を履くわけにはいかないが。
でも元気に仕事をしております。そして、ほぼ毎朝、伝統医療氏の家に通っております。やはり、痛みが取れるのには一月ほどはかかるような気がしております。

最近カンボジアの新聞に研究所の活動が取り上げられたり、テレビのデスカバリーチャンネルでやはり研究所の活動のドキュメンタリーが流れたりで、買い物に行って顔見知りの店のおじさんに、テレビでお前を見たぞ、などといわれております。先のドイツのテレビ製作会社のドキュメンタリーも編集が終わったと連絡があり、制作関係者の間で好評のようです。こちらは、ドイツとフランスでの放映が6月のはじめです。

2005/05/06_____________________________________________________Vol.043

INSTITUTE FOR KHMER TRADITIONAL TEXTILES
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みなさま、クメール伝統織物研究所の森本喜久男です。
些細なことから、右足の小指と薬指を骨折してしまい、その痛みと腫れを取り
除くためにカンボジアの民間療法を一週間あまり続け、ついには地元では有名
だという伝統医療師のお世話にもなることにしました。研究所のスタッフに薦
められ、連れていかれたその医療師は、実はよく知っている文化省のお役人だ
ったのでびっくり。彼いわく、こうした伝統医療もカンボジアの大切な伝統文
化のひとつであり、お前のやっている織物と同じなのだ、と。
しかし、伝統の力はすごいですね。自然治癒力を最大限に引き出す「人類の叡
智」を身をもって体感することとなりました。


(1)『季刊民族学』(112号)でカンボジアの伝統織物が取り上げられました。

写真家の大村次郷氏の写真とともに、福岡市美術館の学芸員・岩永悦子さんの
論文「東南アジア織物文化におけるカンボジア チャム-マレー人の技術を中
心に」、そしてわたしの「次代につなぐ、営みとしての染めと織り 伝統の知
恵を育む森の再生」という文章が掲載されています。
▼『季刊民族学』
http://www.senri-f.or.jp/kikanshi/112/


(2)『論座』(2005年5月号)で、紹介されました。

『季刊民族学』の写真を担当された大村次郷氏は、月刊誌『論座』のグラビア
ページで「市場 社会・世界」という連載を持たれています。今月号では、ブ
ータンのティンプーを取り上げ、市場で売られていたラックカイガラムシを紹
介し、併せてカンボジアでの私の活動についても短く触れていただいています。
▼『論座』
http://www3.asahi.com/opendoors/zasshi/ronza/


(3)研究所のショップ&ギャラリーの営業時間を延長しました。

シェムリアップの研究所にある工房2階のショップ&ギャラリーの営業時間を
延長しました。日曜日も含め、午後7時まで開けておくようにしました。これ
は、観光ツアーなどでシェムリアップを訪れた方が、ツアーを終えてから布を
お求めにいらっしゃるケースが増えているためです。
なお、工房はこれまでどおり午後5時には作業終了となりますので、見学をご
希望のかたは、日曜日を除く、日中にお越しくださるようお願いいたします。


(4)研究所で復刻されたピダン(絵絣)の展示があります。

5月24日(火)~7月10日(日)まで、愛知県美術館で「アジアの潜在力
~海と島が育んだ美術」と題した企画展が開催されます。愛知県美術館の解説
は以下のとおりですが、カンボジアの「染め」の作品として、クメール伝統織
物研究所が所蔵する古いピダン1点と、研究所で復刻されたピダン2点が展示
されます。
= = = = = = = = = = = = = = = = = 
この展覧会は、東アジアの島嶼部であるインドネシア、カンボジア、タイ、台
湾、ベトナム、日本など、古代より海上交易によって結ばれていた地域を対象
に、造形のなかに共通する感性を見出そうとするものです。「彫り刻む」「手
でかたちづくる」「染める」といった基本的な技法に注目しながら、古代の造
形物から工芸、現代美術まで幅広いジャンルの作品を選び、この地域に豊かに
育まれていった造形を独自の観点から紹介します。
= = = = = = = = = = = = = = = = = 
▼愛知県美術館
http://www-art.aac.pref.aichi.jp/jhome.html


(5)「カンボジアの絹絣」展が開催されます。

5月31日(火)~7月18日(月・祝)まで、福岡市美術館で「カンボジア
の絹絣」展が開催されます。以下、福岡市美術館の解説から引用します。
= = = = = = = = = = = = = = = = = 
アンコール・ワットなどの遺跡で知られるカンボジアの、絹の緯絣は、文様の
細やかさ、表現の豊かさで東南アジアの中でも群を抜いています。カンボジア
の絣には、建国神話にも登場するナーガ(龍)文様がしばしば用いられます。
本展では、ナーガのモティーフが表わされた絹絣を中心に、織の道具などもあ
わせて紹介します。
= = = = = = = = = = = = = = = = = 
▼福岡市美術館
http://www.fukuoka-art-museum.jp/index.html


クメール伝統織物研究所 森本喜久男
http://www.esprit-libre.org/iktt/

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研究所は、月曜から土曜日の朝8時から午後5時までです(12時から2時ま
ではお昼休み)。工房も日曜日はお休みですので、工房の見学をご希望される
かたは平日にお越しください(できるだけ事前にご予約をお願いします)。な
お、ショップ&ギャラリーのみ、日曜日も含め午後7時まで開けております。
場所は、シェムリアップ中心部にあるオールドマーケットからシェムリアップ
川沿いに南へ約1キロ、クロコダイルファームの200メートル手前の右側で
す。

※なお、このメールへの返信メッセージを読むことができません。返信はご遠
慮いただけますようお願いします。
※お問い合わせに関しては以下のURLよりお願いします。
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伝統医療

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カンボジアの村にはまだ普通に、伝統医療を業とする人たちがいる。なかには祈祷師めいていたり、口寄せというのかな、亡くなった人やいなくなった身内になりきって、何かを告げる、そんなことができる人がいたりする。

些細なことで、段ボール箱を軽く蹴飛ばすつもりが、水牛でも倒しかねないほどの力が出てしまい、逆に自分の足が腫上がる、そんな経験をしてしまった。
ちょうど、本当にちょうどそのダンボールにはあたらず、横の柱の角にそのわたしの失礼な右足の小指と薬指の間がちょうどその柱の角に、本当に思い切り蹴飛ばす結果になってしまった。そして、その必然から、瞬間わたしの足の小指はパキと折れたように曲がっていた。そのあとしばらく激痛が走り。足は黒ずんできた、幸いというか、わたしの暮らす家はそんな明るくなく、老眼のせいでメガネをかけないと詳細がわからない、どちらかというとそのショックで、そのまま寝てしまった。

翌日起きてまた驚いた。足が倍以上に腫上がっている。
以前に、象足病というのかな、足の膝下が象さんのように腫上がる病気をしたことがある。突然そのときの自分の足を思い出した。えー、まさか。でもその病原菌は体に残っているらしいというのを、何かの書で読んだことがあるからなおさらである。そして、昨日の柱蹴りのことを思い出し。象足の様にひざまで腫れていないか確かめながら、変な安心感に浸った。

でも目の前の足は膝までではないけれども腫れているわけで。そして歩くと痛い。
その日は土曜日で、痛い足を引きずりながら、普段と同じように仕事をした。そして、夕方の飛行機でバンコックに行くはずの予定ももちろんキャンセル。靴が履けるような可愛い足ではないわけだからやむおえない。そして、愛用の筋肉痛の塗り薬を二日間ほど、そして外傷はないけれども、黒ずんでいるところが何箇所課あり、内出血状態であることが見て取れたので炎症止めの抗生物質を飲み始めた。
そして、月曜日、研究所のスタッフに薦められて、カンボジアの人たちがこうなったときにするように、市場に走り薬草の根を買ってきて石臼で引き始めた。そしてその黄色い根のような植物は、カンボジア産の蒸留酒と混ぜられ、袋に入れ、炭で火を起こした素焼きの鉢の上に置かれた、これまた素焼きの瓦に、ジュというほど音をさせながら、暖めその暑いままの袋をわたしの腫れた足にたたきつけ始めた。されるがまま。
そして、炎症を起こしているような気がしたので、鎮痛剤兼炎症止めの薬を飲み始めた。そしてそれから約一週間が過ぎた。朝夕2回、袋で何かスタッフが二人がかりでお呪いを唱えながら暑い袋をわたしの足にたたき続けて、足の腫れは7割がた引いてきたけれども、痛みはあるわけで。やはり簡単に考えていたけれども、そんな簡単に治りそうにないと自覚し、初めて医者に行くことを考えた。というよりは、レントゲンを撮りに行こうと思った。その間、幸い車を運転することには痛さだけを我慢すれば支障がなかったので、森の現場にほぼ毎日足を引きずりながら半日はいるというようなことをして、普通に仕事をしていた。

いざレントゲンを撮ろうと思って探し始めたら、シエムリアップにはわずかの医院しかできるところがないということがわかった。とりあえず2箇所。
日曜日のせいもあったので、昼の3時過ぎ、やっと訪ね当てた中国系の小さな医院では、夕方まで先生がいないという。
仕方がないので、もう一軒のバンコクの病院の出張所、でもわたしがカンボジア語を話すせいか、一緒に行ってくれたスタッフに、受付の女性はこの病院は45ドルと高いから最初に行った中国系の医院のほうが10ドルでいいと薦められてしまった。同じだから安いほうがいい、と。すごくわかりやすい。
夕方の5時過ぎまで、痛みの取れない少し腫れた足を見ながらすごして。その安い医院を訪ねた。
そこの、レントゲン写真機、いやこれも簡単に言えばカメラなんだからと自分に言い聞かせながら、その恐ろしく古いX線発射機の下に足を恐る恐る置いた。
出来上がってきた、フイルムを見て2度驚いた。
小指と薬指の付け根の骨が欠けている。なんというのだろうか、クメール語で足にひびが入っている、とネガを見ながらみんなはお互いに説明しあっている。そして先生いわく。ギブスをしなさい、一月。市場の買い物のようにわたしは、まずギブスはいくらするんですかと聞いてしまった。35ドル。まあ高くないな、と何を基準にしているのかわからないけど思ってしまった。でも、ギブスをこんな暑い国で一月もしていたら、その前に足が腐り始めるのではないかと思って、やはり市場の買い物のように、一晩考えさせてほしいと先生に言って病院を後にした。

実は、7年ほど前にプノンペンでオートバイを運転していてぶつけられて、首の頚椎を三箇所ほど同じようにかけさせたことがある。このときは半年ほど、体に毎日走る電気のような痺れに耐えて過ごした。その詳しい話は、このホームページのカンボジアオフロードのなかの「事故の後遺症」というタイトルで書いておりますので、興味がおありでしたらお読みください。

ギブスの代わりに、まず市場でサンダルを買った。黒いしっかりした、といってもとてもシンプルなやつを、8ドルで。じつはカンボジアでこの10年間、ほぼ同じ白いビーサンですごしてきた。でも今回の足の損傷で、ビーサンで過ごしていたけれども、小石があっただけで痛みが走るそんな感じだったから、思い切ってしっかり底のサンダルに替えた。でもその効果はてきめんであった。そして、またうちのおばあたちに薦められて、クルークマエとカンボジア語で呼ぶ、カンボジアの伝統医療の先生の門をたたくことにした、というよりそうせざるをえなくなってきた。もちろん、もともと興味があったわけで、自分がその実験?材料になることにまったく、異存がなかった。治るものなら直してみろ、という感じで。わたしは、自分の身体のなかにある自然治癒力に依存する気持ちがあるからなのだけれども。

研究所からそんなに離れていない村の地元では有名だとみんなが薦める、先生を訪ねた。顔を見て、向こうは「日本人がカンボジアの村の伝統医にやってきた」と叫んでいるし、わたしは、え、この人がとあらためて顔を見直してしまった。
実は彼は、文化省のシエムリアップの窓口のような仕事をしている人。その関係で、研究所にもよく出入りして、カンボジア人の中でのうちのフワンの一人といえる。色が黒くて小柄で、でもよくしゃべるそんな彼、でも顔には伝統的な刺青が施されている、不思議な風貌の人でもあった。だから彼自身に興味もあったのだが、それがなんと村の有名な伝統医療師という顔を持っていた。彼いわく、これもカンボジアの大切な伝統文化の一つであり、お前のやっている織物と同じなのだとわたしに一口上説明し長柄、彼の治療は始まった。

この話、彼のところを訪ねたのが昨日で、まだ進行形なのでとりあえず、また続編を書かしてもらいます。

5月31日(火)~7月18日(月・祝)まで、福岡市美術館で「カンボジアの絹絣」展が開催されます。以下、福岡市美術館の解説から引用します。

アンコール・ワットなどの遺跡で知られるカンボジアの、絹の緯絣は、文様の細やかさ、表現の豊かさで東南アジアの中でも群を抜いています。カンボジアの絣には、建国神話にも登場するナーガ(龍)文様がしばしば用いられます。本展では、ナーガのモティーフが表わされた絹絣を中心に、織の道具などもあわせて紹介します。

福岡市美術館

5月24日(火)~7月10日(日)まで、愛知県美術館で「アジアの潜在力~海と島が育んだ美術」と題した企画展が開催されます。愛知県美術館の解説は以下のとおりですが、カンボジアの「染め」の作品として、クメール伝統織物研究所が所蔵する古いピダン1点と、研究所で復刻されたピダン2点が展示されます。

この展覧会は、東アジアの島嶼部であるインドネシア、カンボジア、タイ、台湾、ベトナム、日本など、古代より海上交易によって結ばれていた地域を対象に、造形のなかに共通する感性を見出そうとするものです。「彫り刻む」「手でかたちづくる」「染める」といった基本的な技法に注目しながら、古代の造形物から工芸、現代美術まで幅広いジャンルの作品を選び、この地域に豊かに育まれていった造形を独自の観点から紹介します。

愛知県美術館

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