IKTT :(クメール伝統織物研究所)森本喜久男
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アーチャン

カンボジアでは、カンボジアの精神世界をつかさどる人をアーチャンと呼んでいる。白い衣を着て、ふつうはお寺にいるが、これはいわゆる仏教とは別のものといえる。仏教は後からやってきたものであることが村のひとの、たとえば葬式などの儀式のときに理解できる。
じつは、亡くなった元研究所の女性が、その日の夜わたしの家に現れた。といってもわたしが見たわけではないが、わたしの住んでいる家には約15人ほどが同居している、その一人が見たという。じつは亡くなったその女性は、わたしに謝らなければならないことがあった。それをしなければ冥土にはいけない、そんな気がわたしのなかにもあったのだが。
そして昨日、やはりこの家に同居している、研修生が朝からお葬式に手伝いに行って夕方戻ってきてから、熱を出して倒れてしまった。わたしから見れば、疲れで、と思うのだけれども、他の同居人は、口をそろえて亡くなった彼女が乗り移っている、という。そして、熱を出している本人もうわごとのようなことを口走りながら、それもどきの状態であった。
簡単な手当てをして熱は引き、今度は寒気がするという。そしてみんなの、なかにアーチャンを呼ばなければ、という声が。急に降り始めたスコールのなか、アーチャンを寺に呼びに行った。
しばらくして、やってきたアーチャンはまず、聖水を用意しながら呪文を唱え始めた。そして、その本人にその聖水を、そうすると彼女は突然叫び始めたのである。まさに、みんなが言っているように、亡くなった女性が乗り移っていると。
わたしも、だから昨夜はお線香をあげて彼女が成仏できるように祈った。
そんな話は今日の研究所のなかで話題になっていた。成仏できずにさまよっていたんだと、みんなはそれで納得していた。彼女が研究所にいたころに、いじめられたりしたことのあるものもその話題の中にいた。わたしの怒りの件は、さまよいながらここえ訪ねてきたのだから、まあ、許してもいいかな、という気になった。
ここのところ、足を痛めたりして、祈祷師の、そして、昨日はアーチャンと、カンボジアの精神世界ずいている。

更新日時 : 2005年5月28日 13:54

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