IKTT :(クメール伝統織物研究所)森本喜久男
IKTT :(クメール伝統織物研究所)森本喜久男

チャム組、その後

以前に研究所にコンポンチャムの村からあらたにチャムの織手が研究所に来てくれたことを書いた。チャム組の誕生。しかし、その第一陣できた2人は、一月ほど前に村に戻ってしまった。

コンポンチャムのチャムの人たちの村とは、95年の調査のとき、織の村を探しているときにたどり着いた、それ以来の付き合い。それから10年と少し、カンボジアの織物の世界にクメールの人たちの文様の繰り返しによる輪廻の世界とともに、チャムの人たちのもつ異なるダイナミックな美意識の所産といえる仕事があり、その融合があらたなカンボジアの布の美の世界を作り出したという確信が、この10年の調査と体験からみちびきだされている。

その美の世界を、このシエムリアップ「伝統の森」であらたな伝統の布の世界として作り出していきたいという、それが、このチャムの人たちを招請したいと思った所為。

しかし、その第一陣は挫折。理由は研究所ではカンボジアの手引きした黄色い生糸を使っている。これを織ることはそんな簡単なことではない、手間がかかる。しかし、それも、比較の問題で、カンボジアのタケオの村ではみんな機械で引いたベトナムの生糸を使っている、糸が均一で織り易い。コンポンチャムのチャムの織手もおなじ。そんな機械引きの生糸に慣れてしまった織手にとって、手引きの黄色い生糸は数倍の手間がかかるもの。ベトナムの生糸であれば一日、数メートル織れるものが、手引きの黄色い生糸であれば数センチの世界。

わたしは今回チャムの織手に、だから逆に数倍の手間賃を払うからという約束で来てもらっていたが、彼女たちの判断は、その数倍ではとても合わないという結論がでてしまった。

研究所では、この黄色い生糸を織り機にかける、その前段の糸をきれいにする作業だけで、たくさんの人がいる。そして、手間をかけながら織る、それが当たり前でやってきた。ベトナムや中国の機械引きの白い生糸になれてしまった人たちから見れば、なんでそんなことを、になってしまう。でも、そのことで、まったく風合いの違う布が生まれるのである。昔はそれが当たり前だった、そんなほんとうは普通の世界である。研究所で織を学んだ研修生たちは、ベトナムの生糸の安易な世界を知らないから、そんな手間暇をかけることを当たり前のこととして毎日仕事をしている。逆にチャムの織手は、それを前に挫折した。

そうはいっても、わたしのあらたな美の世界を作り出す、その思いはそんなかんたんに挫折しないから。もういちど、ちかいうちにチャムの村を訪ねて、チャムの「おばあたち」を口説きに行ってこようと思っている。

幸い、研究所でゼロから学んだチャムの若い織手もこの数年、育ちつつある、そんな彼女たちとおばあたちとのジョイントセッション。それが伝統の森でのあたらしい仕事として実現する日もそんな先ではないはず。

更新日時 : 2006年08月27日 12:38

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