コンポンソム

コンポンソムの海へ行ってきた。
久しぶりのお正月気分で、海へ。普段は、中小企業の親父よろしくで、年中24時間休みなし、仕事。みたいな毎日を過ごし、例年ならお正月もスタッフが休んでいる分、店番をしていたりだったが、ことしはお休み。
ちょうど書き終えた、一冊分の本の原稿を手に、優雅に海を見ながら原稿の読み返しをしていた。いつものシエムリアップの家よりは、気分を変えて海を見ながら、至福の時間。さきの「メコンにまかせ」が、ちょうど研究所を立ち上げた頃の話。このあたらしい本は「いのちの木(仮題)」、ちょうど、これから伝統の森が本格的に動き始める、その臨場感入りで欠き終えることができた。
最後の数週間、エネルギーをフル出し切った感じ、で過ごした。本をまとめる集中力は、いつもの脳と違うところが仕事をしてくれないと書けないもの。その横で、お正月前のみんなの給料の段取りをしたり、ドイツでテレビを見たというかたが来られて話をしたり、が続いていた。
そして、肺炎で急遽入院した、わたしの父親の顔を見に日本へ、夜行便3日間、行って帰って。でも、元気になった親父の顔を見てホッ。もう、96歳、100まで元気でいてくれたらと思う。
わたしの父親は、当時南支と呼ばれた、南中国からベトナムタイ、マレイ、シンガポール、インドネシア、そして最後はニューギニアへと13年間、転戦。最後のニューギニアで米軍機の投下弾で右腕を損傷、でも、そのお蔭で命ながらへ日本へ帰還することができた人。
だが、子どもの頃の記憶に、父親が片腕がないことの記憶はほとんどない。そんなふつうに働く、親父を見てきたせいか、シエムリアップで、物乞いに来る片腕や片足がない男たちに、内に仕事があるから働かないか、と声をかけている。でも、彼らは、即そくと消えていく、が。
そんな親父が、通過しただけのカンボジアでわたしは、いま仕事をしている。それも不思議なめぐり合わせかもしれない。
森本喜久男
更新日時 : 2007年4月17日 13:19



