2007年5月アーカイブ

IKTTでのフィールドワークを元に卒業論文の執筆などを行った水野 馨生里さんがこの度、書籍を出版されましたので、紹介させていただきます。

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水うちわをめぐる旅―長良川でつながる地域デザイン
水野 馨生里

書籍紹介

 岐阜市の伝統工芸品であり、水のように透ける面を持ち、水に浸して仰ぐと気化熱で涼しさを増す「水うちわ」。およそ 15 年前に途絶えたこの伝統工芸品を 20 代の地域の若者と、うちわ職人が復活させる過程を追います。

 プロジェクトの道程に見えてきたものは、水うちわという工芸品の廃れた背景には、手漉き和紙の利用が減少し、日本で竹を調達することができなくなったという社会的変容の波。そして、大量生産・大量消費が前提となった社会状況の中で地域のものを誇りに思う心や、地域のすばらしさそのものを知ることがなくなってしまったという現況でした。

このような気づきは、足元が揺らぎはじめていた若者らを
地域再生の活動参加へと後押しします。

 清流である長良川の環境保全、そのために必要な里山の再生、地方の持続可能性を目指した食料&エネルギー自給率アップへの取り組みなど活動は広がりを見せています。

 水うちわをきっかけとして繰り広げられる長良川を中心とした地域デザイン。現在進行形のストーリーをお届けします。

2007/5/28 _____________________________________________________Vol.072

INSTITUTE FOR KHMER TRADITIONAL TEXTILES
________________________________________ http://iktt.esprit-libre.org/

 みなさま、クメール伝統織物研究所の森本喜久男です。
 本日は、わたしたちクメール伝統織物研究所がたいへんな栄誉を得ることが
できましたことをここにご報告させていただきます。

 過日、王宮からの招請をいただき、さる5月20日、シハモニ国王陛下との
謁見の機会をいただくことができました。わたしのほか、研究所発足の当初か
らのスタッフである“おばあ”のオムソット、括りの名手キムスレン、織りの
チーフのガエット、ゼネラルマネージャーのバンナラン、財務担当リナの5名
が研究所を代表して王宮に参上しました。もちろん、全員が研究所のシルクで
正装して謁見に望みました。
 カンボジアの手引きの生糸を使い自然の染料だけで染められた研究所の絵絣
と、藍染めの木綿の布を手にされたシハモニ国王陛下からは、カンボジアの心
がこの布にこもっているとのお褒めのお言葉とともに、わたしたちクメール伝
統織物研究所がカンボジアの伝統織の復興に取り組んできたことに、ねぎらい
のお言葉をいただくことができました。そのお言葉に、わたしに同行した5人
のスタッフたちも感激しておりました。このことが、研究所の活動にとってさ
らなる励みとなり、すばらしい布、世界に誇れるだけのカンボジアの伝統織物
を作り上げることに邁進することができると信じています。
 今後ともわたしたちクメール伝統織物研究所の活動を末永く見守っていただ
けるようお願い申し上げます。


(1)「ソトコト」6月号で紹介されています

わたしはまだ見ていないのですが、「ソトコト」6月号の特集「世界のエコセ
レブ101人」という特集のなかのひとりとして、森本喜久男が取り上げられ
ていると、読者のかたからご連絡をいただきました。

▼「ソトコト」
http://www.sotokoto.net/tokusyu/index.php

(2)「母の友」で研究所の活動が紹介されています

福音館書店の月刊誌「母の友」(6月号)で「織物と生活が再生する村」とい
うタイトルで、わたしたちの活動が紹介されています。写真は、ここ数年、何
度も研究所に足を運ばれ、研究所の活動をカメラに収めていただいていらっし
ゃる写真家の大村次郷さんです。お近くの書店でお求めください。

▼「母の友」
http://www.fukuinkan.co.jp/magazinedetail.php?maga_id=9

(3)「Bravi」vol.2で紹介されています

昭文社の旅行雑誌「Bravi」(vol.2)の「ヒーリング・オブ・アジア」という
特集のなかで「黄金繭を復活。新時代を歩き出したクメール・シルク」と題し
て研究所が紹介されています。

▼Bravi
http://www.mapple.co.jp/publ/bravi_vol2.html

(4)「蚕祭り」のご案内

今年の9月の満月は27日の木曜日です。例年、わたしたちは9月の満月の日
に、蚕供養を兼ねた「蚕祭り」を行なっております。新しく動き始めた「伝統
の森」で、蚕祭りをかねて皆様といっしょにすごせればと考えております。少
し早いご案内ではありますが、お知らせさせていただきます。

2007年5月28日
クメール伝統織物研究所 森本喜久男
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INSTITUTE FOR KHMER TRADITIONAL TEXTILES
No. 472, Viheachen Village, Svaydongkum Commune,
(Road to lake, near the crocodile farm)
P.O. Box 9349, Siem Reap Angkor, Kingdom of Cambodia

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王宮からの手紙

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先週、ドイツ行きの準備をばたばたとしているころ、最初は電話で、そしてすぐ手紙が届けられた。

それは、カンボジアのシハモニ国王陛下からのもので、王宮に招聘していただき、謁見の機会をというものだった。

その日は、ドイツの小さな美術館で展示会を予定していた日だった。しかし、急遽予定を変更して、王宮への準備をした。献上させていただく布は、現在の研究所の最高の仕事といえる絵絣のもの。

王宮からの手紙

かん違い

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雨にもマケズ」を書き終えて、さきほど、自分の記憶にある映画のことを知りたいと、検索。

わたしの見た映画は「風の又三郎」のかん違いだった。ただ、風の又三郎の映画は昭和15年のものと、昭和33年のものがあることが分かったが、わたしが見たものがどちらか、知ることはできなかった。

そして、33年版は詳細が分からない。白黒の映画だった思い出と、「アメニモマケズ」がわたしの中で、重なっていた。記憶で、映画の最後のシーンで、長い文章が映し出されていた、その書かれていた文字、それが「アメニモマケズ」だったような、かん違いの記憶がある。

雨にもマケズ

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1960 年、小学校 5 年生のころ。学校の講堂で、宮沢賢治の「雨にも負けず」の白黒映画を見た記憶がある。

ここしばらく、シエムリアップも、毎日が雨の日が続いている。例年だと、雨季の始まりは 6 月ごろ、今年は 4 月の正月には、すでに雨が降り始めていた。

バージョンアップ

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取材、そして」を書き、自分で読み返しながら、気がついたことがある。

それは、今現在進行形で森での仕事のバージョンアップをしようとしているのだと、自分で気がついた。現状は、レベル3かな。そして、それをレベル5ぐらいに持ち込みたい。というのが、いまのわたしの苦悩なのだと。

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約一週間の、アメリカのテレビ局のIKTTの活動への取材が無事終わった。6月後半には、インターネット上でも見られるはず。その一日は、フランスの雑誌の取材も重なり、てんやわんや、といえる日も。

竹の織機

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研究所で伝統の森の綿花から、手で紡いだ糸で布を織り始めながら、大変な発見をした。

96年ごろ、村を調査でまわりながら、クローマーと呼ぶ伝統の木綿の布を織っていた村に、すべて竹でできた織機を使っている織手がいた。すこし華奢な感じの、その竹の織機に興味を持った。が、それを使っていた織手に聞いても、その織機とふつうの木でできた織機の違いは説明できないでいた。単純に、木材より安く手に入り易い竹で作っているのだろうと、理解していたが、それではすこし納得がいかないものがあった。

蚕の道

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蚕の道

 わたしは、この数週間、インターネットの森を”蚕の道”を求めて散策しておりました。

 そのきっかけは、ベトナムのハノイの近くに、カイコ寺があるということを知ったことから始まる。偶然研究所に来られた、ハノイ在住の日本のかたに、カイコ供養の石碑がベトナムにあるらしい、とわたしが話したことからから、調べていただき、その情報をもらった。

 しかし、訪ねたいと思いながら、まだ実現せずにいる。いつごろできた、どんな由緒があるのか、とても興味がある。カイコ寺といえば、日本の京都太秦の蚕ノ社が有名。

 10 年ほど前に、カンボジアにある桑の木の DNA 調査を実施、桑の木の原産地がカンボジアであることが分かった。そして、桑の葉しか食べない、生糸を吐くカイコ蛾の原産地でもある。しかし、この事実はまだ常識にはなっていない。常識の世界では中国。

 わたしの、この”非”常識な蚕の道の起源”説”。の裏づけを取るために、インターネットの世界を彷徨っていた。いや、でも、すごいですね。これほど多くの情報が、あふれている。

 しかし、そのあふれる情報の中には、わたしのカンボジア起源説を唱える、友はみつからなかった。関心のある方は、”養蚕に関する伝説”などで、検索してみてください。

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