IKTT :(クメール伝統織物研究所)森本喜久男
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かん違い

雨にもマケズ」を書き終えて、さきほど、自分の記憶にある映画のことを知りたいと、検索。

わたしの見た映画は「風の又三郎」のかん違いだった。ただ、風の又三郎の映画は昭和15年のものと、昭和33年のものがあることが分かったが、わたしが見たものがどちらか、知ることはできなかった。

そして、33年版は詳細が分からない。白黒の映画だった思い出と、「アメニモマケズ」がわたしの中で、重なっていた。記憶で、映画の最後のシーンで、長い文章が映し出されていた、その書かれていた文字、それが「アメニモマケズ」だったような、かん違いの記憶がある。

そして、検索をしながら、やはり賢治の「セロ弾きのゴーシュ」の16ミリのフイルムを持って、タイの村をタイ人の若い弁士と一緒にキャラバンした事を、検索しながら思い出した。

1983年、わたしがタイに住み始めた頃だった。バンコックのスラムの小学校を皮切りに、東北タイのいくつかの村の小学校や中学校まわるキャラバン。そして、北のチェンマイの山の上のアカ族の村にも、行った。重いゼネレーターを山の尾根の頂に担ぎ上げ、夜空に浮かぶスクリーンで上映会をしたことなどが思い出された。最後は、カンチャナブリの子どもの村だった。

そして、そんな「風の又三郎」や「セロ弾きのゴーシュ」の上映会を伝統の森でするのもいいな、と思ったりした。でも、吹き替えのナレーションは。カンボジアには、タイにいたような活弁士なんて探せないだろうな。でも、方法はあるかもしれない。

そして、京都時代にタイの映画「田舎の先生」を、タイの留学生がタイ語版のフイルムを持ち込み、京都にいた素人のみんなで吹き替え版を作って上映したことを思い出した。それは、1979年かな。記憶から、すこし消え始めている。


森本喜久男

更新日時 : 2007年05月17日 01:22

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