IKTT
IKTT :(クメール伝統織物研究所)森本喜久男

竹の織機

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研究所で伝統の森の綿花から、手で紡いだ糸で布を織り始めながら、大変な発見をした。

96年ごろ、村を調査でまわりながら、クローマーと呼ぶ伝統の木綿の布を織っていた村に、すべて竹でできた織機を使っている織手がいた。すこし華奢な感じの、その竹の織機に興味を持った。が、それを使っていた織手に聞いても、その織機とふつうの木でできた織機の違いは説明できないでいた。単純に、木材より安く手に入り易い竹で作っているのだろうと、理解していたが、それではすこし納得がいかないものがあった。

そして、シエムリアップの作業所で手で紡いだ木綿の布を5メートル。最初に織ってくれた織手は、その5メートルを織るために2週間をついやし、織りあがって彼女は過労でそのまま倒れてしまった。それほどに、普段のシルクとでは違う、手間と神経が必要だった。

IKTTのシルクのための織機は、手で紡いだ木綿の縦糸に強すぎるテンションをかけ、そのまま糸を切れ易くする。程よい、テンション、それが秘訣のように思えた。それは、カンボジアの村に今でも残る、竹製の織機のもつしなりにも似た微妙なテンションの違いの本当の意味のように思えた。

伝統の森で、そんな竹の織機をもう一度作りたいと考えている。地面にくいを挿し、そこに織機をすえる。そして、昔のように、手紡ぎ木綿の布を本格的に織り始めたい、と。10年を経て、いま、村にあった竹の織機の本当のよさが見えてきた。手紡ぎの糸で織ったことがない、機械で紡いだ木綿の糸しか知らない織手には、竹の織機の持つ、その微妙なテンションの意味が記憶から消えていた。

織の道具は、それぞれが、何百年何千年使われながら、その素材や形に進化してきたもの。それは、ときにシンプルで、美しい。そしてそこには、それぞれの意味がある。しかし、現代の人は、それを生産性の視点から、その改善?を考えてしまう。しかし、それは、結果としては、それが本来持っていた良さを殺してしまうことに気がつかない。

たとえば筬。機械のように、つるんときれいに織れるからと金属筬を使うことを進める織の専門家のひとたち。しかし、結果として、それまでの竹筬の織機の持っていたバランスを、重い金属筬は壊してしまう。ユニセフが収入向上プロジェクトのなかで、村の織手に提供したフライングシャトルの織機。伝統的な織機よりもたしかに効率よく織れるかもしれないが、小柄な村の女性には、ヨーロッパ人のサイズのその織機は大きすぎ、村の織手がもてあましている、そんな風景も見てきた。

竹の織機に通じるものは、腰機と呼ばれている織機にも共通する。マシーンのようなヨーロッパの手織機をいいとする人たちからみれば、アジアやアンデスの村人の腰機はプリミティブ=原始的な織機とうつる。しかし、人間の身体もその一部とした、その織機は微妙なテンションの調整を可能にする。手で紡いだ、微妙な糸が持つその特性を生かすことができる、すばらしい身体機能をいかした織機なのである。日本でも、苧間などの自然布を織ってきた人たちの中で、この腰機は受け継がれてきている。一般的な高機が良いように見える中で、あえて腰機を使い続けてきた人たち、に共通する世界かもしれない。

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2007年5月11日 
森本喜久男

更新日時 : 2007年5月11日 23:59

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