IKTT :(クメール伝統織物研究所)森本喜久男
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蚕の道

蚕の道

 わたしは、この数週間、インターネットの森を”蚕の道”を求めて散策しておりました。

 そのきっかけは、ベトナムのハノイの近くに、カイコ寺があるということを知ったことから始まる。偶然研究所に来られた、ハノイ在住の日本のかたに、カイコ供養の石碑がベトナムにあるらしい、とわたしが話したことからから、調べていただき、その情報をもらった。

 しかし、訪ねたいと思いながら、まだ実現せずにいる。いつごろできた、どんな由緒があるのか、とても興味がある。カイコ寺といえば、日本の京都太秦の蚕ノ社が有名。

 10 年ほど前に、カンボジアにある桑の木の DNA 調査を実施、桑の木の原産地がカンボジアであることが分かった。そして、桑の葉しか食べない、生糸を吐くカイコ蛾の原産地でもある。しかし、この事実はまだ常識にはなっていない。常識の世界では中国。

 わたしの、この”非”常識な蚕の道の起源”説”。の裏づけを取るために、インターネットの世界を彷徨っていた。いや、でも、すごいですね。これほど多くの情報が、あふれている。

 しかし、そのあふれる情報の中には、わたしのカンボジア起源説を唱える、友はみつからなかった。関心のある方は、”養蚕に関する伝説”などで、検索してみてください。

 はるか、数千年前の話。中国での養蚕の起源?が約 4500 年前、黄皇帝のころといわれている。そのころ、現在のカンボジア、メコン川流域のこの地方に「山の幸」として、自然の中にいたカイコから生糸を得ていた人々がいた。

 それを産業=養蚕として成立させていった人々が、この地域に隣接していた、現在のベトナム北部の人たちではないかと。そして、そこから揚子江流域の人々に伝わり、自然の中にいた黄色いカイコを白いカイコに品種改良していった人々。それが現在の中国といえる。これは、わたしの”仮説”である。

 揚子江流域の当時の人たちは、すごい。稲作も、自然のなかに育っていた、野性の稲を品種改良した人々が、どうように、野生のカイコ(黄色い野蚕)を品種改良して白い生糸を生み出していった。

 大変な文明が、そこに存在していたことになる。じつは、縄などの編み物から、糸にテンションをかけて”織物”へ変化させていった人たちも、この地域の人たちなのである。

 そして、カンボジアがシルクの起源の地であるという常識は、それほど遠くない未来に世界の常識となっていくといえる。カンボジアにはアンコール文明とともに、世界に誇れるシルクロードの起源があったことになる。

更新日時 : 2007年05月11日 14:07

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