IKTT :(クメール伝統織物研究所)森本喜久男
IKTT :(クメール伝統織物研究所)森本喜久男

インタビュー

伝統の森

 日本の農学系の大学生の女性が、日本語ガイドのクメール人を通訳に森の住人のアンケートを実施した。

 その結果、もっといろんな要望や不満がたくさん出てくると思っていたようだが、あるにはあるがそんなに、どっと、という感じではなかった。

 それよりも、わたしがこの間、森の仕事の来年以降のバージョンアップに備えて、森の住人のなかで、怠けて仕事をあまりしない連中に、もう少し仕事をするように迫り始めていたことや、伝統の森の木を平気で切って、売っていた連中に、わたしが、森から出て行けといい始めている。そんな一連のわたしのこの間の言動に、どうして森本は、あんなに怒っているのだ。それが、アンケートの結果みんなの疑問としてあることがわかった。前段は、野菜畑で育ち始めた、トウモロコシを外から入ってきた水牛に食べられてしまったことに端を発している。一度や二度ではない。その状況に、ただ見ているだけの森の住人たちに、わたしは自分で植えた野菜がよそから来た水牛に食われていても平気かどうか尋ねてみた。

 伝統の森の、10ヘクタールほどの自然林を育てているエリア。その樹木の、おおよそ5割がたが切られてしまっている。これは、いまに始まったことではない。数年前にも、森のすこし大きい木は切られ、売られていた。そして、その首謀者グループは森から出て行かざるをえないようになった。そして、ふたたび、こんかいは、このシエムリアップの近在の一家族が森に住み始めていた。まだ半年ばかり、彼らが IKTT で働き始めた一番の理由は、森に住んで「森」の木を売ることではなかったのだろうか、と思えてきた。

 夕方、森の一角の彼らの家のそばで、よく森の若い男連中が車座になって地酒を飲んでいる光景を見かけた。さいしょは、まあいいか、だったが、頻繁に見るようになって、不思議に思うようになっていた。なんてことはない、密伐採を手伝っていた連中に、酒を振舞っていただけのこと。

 アンケートで、そんな彼らは「なんで木があるのに切ってはいけないのだ」と素直に答えてしまった。そして、それがわたしの耳に入り、翌日、彼らの家をもう一度見に行った。そして、売るために準備された木の束があるのを、また見つけてしまった。以前にも何度か、この家で同じような、木の束を見てきたが、そのつど、飯を炊くための薪だと説明していた。

 成長する森の木は、育ちにあわせて間伐採をする。でも、森の木が切られていくテンポが早すぎる。そして、森の住人に、わたしは何度か尋ねてきた。しかし、そのつど、答えは「知らない」だった。先日も、古くなった森の住人の家を建て替え始めていたが、そんな盗人のような連中の家は、IKTT は建てるつもりはない。と、みんなの前で、わたしは、開き直った。

 そして、数日後に、アンケートのために日本人の女性が森にやってきた。わたしを前にしていえなかったことが、ポロッとでてきてしまった。10年ほど前、森の住人が来ているカンポットの村に通っていた。村のそばには小さな山が、そして、数年でその山が禿山になっていくのを目撃している。そんな経験はシアムリアップに来てからもあった。森の木を切ることで生活してきた村人にとっては、木は「お金」に見えるわけで。それを切るな、といってもなかなか理解されるものではない。

 そして、それからまた数日後。その首謀の家族は森から去らざるを得なくなった。他の住人たちから、追い込まれたものと思える。しかし、この自己浄化能力が生きているうちは、まだ救いがある。

 しかし、これもわたしが迫ってはじめて動き始める。

更新日時 : 2007年06月04日 09:15

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