IKTT
IKTT :(クメール伝統織物研究所)森本喜久男

伝統織物の復元から、村の再生へ

恒例の「蚕祭り」の時期がやってくる。今年で4回目。毎年9月の満月の日と決めている。

伝統の織物の復元に携わる過程で、昔からカンボジアの村にあった養蚕を再開し、黄色いカンボジアの生糸を産することができるようになった。しかし、繭になった蚕を釜茹でにして、繭をほぐしながら生糸を引く。それは殺生ともいえること。だが、その生糸で布を織り、売ることを生業として、わたしたちIKTT(クメール伝統織物研究所)のスタッフ・研修生とその家族たちの生活が成り立っているのも事実である。そこで、年に一度、その蚕に感謝の気持ちを込めて、供養をしはじめた。それがこの「蚕祭り」の起源である。

生糸は白いものという日本の常識が、このカンボジアでは黄色となる。古くからカンボジアの村で飼われてきたその蚕。桑の葉を食べる蚕であることは、日本や中国と同じ。しかし、その吐く糸は黄色い。その輝く色は、黄金の繭と呼んでもおかしくない。

そんな黄色い生糸で織られたカンボジアの絹織物は、しなやかで強い。そして、昔ながらの植物などによる、自然染料で染められた色は化学染料の色とは違い、深みがありそんな簡単に退色することはない。その糸は、交配が進められた現在の日本や中国の生糸とは別物ともいえる。昔ながらの絹の良さを備えている。それはドライクリーニングではなく水洗いできることでも実証されている。昔の日本でもキモノは家で洗い張りしていたもの、そんな良さを備え持つ生糸。それが、カンボジアの黄色い絹の特徴といえる。現代の一般的な市場に出回っている、機械で生産される中国製の生糸と違い、手で糸が引かれた生糸のその風合いはしなやかである。IKTTで布を手にされた方から、ひと昔前の結城紬や黄八丈に似ていると、そんな評価をいただくようにもなった。

カンボジアのすばらしい織物の世界。長い内戦のうちに、その伝統は消えかけていた。しかし、わずかにその記憶を持つおばあたちの手で甦った。

IKTTは、カンボジアの伝統織物を復元するために、村をまわり織物の技術や経験を持った年配の女性を探しながら、1995年から活動を開始した。失われた経験を呼び戻すことは、そんな容易なことではない。しかし、ジグソーパズルの一片いっぺんを集めるようにしながら、再生に取りかかった。

2000年には、現在のシエムリアップで、復元した技術を若い世代に伝えるために工房を開設。当初は数人から始まった研修生の受け入れも、昨年には500人を超える大所帯に。貧しい若い村人たちに仕事を作ることが、わたしの仕事と考えながら。

それは、農村部の貧しい家庭の女性たちを中心に、両親がいない、父親がいない女性たち、子どもを抱え旦那さんと死別・離婚した女性たちを、優先的に受け入れてきた結果だった。現在も、工房には赤ん坊や子どもを連れて働きに来ている女性がたくさんいる。それは、家に子どもをおいてくれば、お母さんは家にいる子どものことが心配で仕事に身が入らないときがある。でもそばに子どもがいれば、お母さんは安心して仕事に全力で打ち込むことができる。

IKTTには、70歳前後のおばあたちも数人いる。彼女たちは師匠。遠く離れたタケオ州の織物の村から、はるばるこのシエムリアップまで若い織り手を育てるために来てくれている。タケオからの、熟練したお母さん織り手たちもたくさんいる。そんな、タケオからの熟練者とシエムリアップで育ったお母さんたちが、織物の復元の仕事を担ってくれている。三世代共同のコラボレーションが、カンボジアのすばらしい伝統の織物世界を創造している。

カンボジアの織物の美、ART OF SILK。世界でもまれなカンボジアの絣織の世界がいま甦り始めている。IKTTはそんな現場なのだ。

伝統の織物の復元に取り組みながら、かつてのカンボジアの村には村の外から何も買わなくても、布を生み出せる豊かな自然環境があったことが分かってきた。織物に必要な素材のすべてが、昔は織り手の手の届くところにあった。桑の木を植え、蚕を飼う。綿の木を育て、綿花から糸を紡ぐ。そして染めに必要な植物、たとえば藍の木を植えるというように。それは村のなかで、再生産可能なものとして、そこにあった。しかし、そんな豊かな自然環境や人々の経験も、長い内戦の中で失われてしまった。その自然環境を取り戻すことなくして、過去のすばらしい織物の復元も達成できないことがわかってきた。

2003年からは、シエムリアップの北、アンコールトムの遺跡からさらに15キロ、バンテイスレイ寺院にほど近いシエムリアップ川のほとりで森の再生の仕事に取り組み始めた。そこは、薪になる木まで切られてしまった荒地とでも呼べるところ。残された樹木の切り株から甦る新芽を育てながら、下草を刈り、間引きをしながら、もともとそこにあった自然林の再生に取り組み始めた。すでに5年が経過し、小さな林と呼べるところまで育っている。

それは、何千年何百年と受け継がれ育まれてきた森で暮らす人々の知恵。その再生を目指し、あたらしい村づくりを開始した。その事業を「伝統の森・再生計画」と呼んでいる。森は特別のものではない、昔はどこにでも森があったはず。それは自然環境の象徴でもある。山があり、木や水があり、そこに暮らす動物たち、そして人々。

森は自然の宝庫。布は、そんな森からの贈り物といえる。


2007年9月 シエムリアップより
森本喜久男

更新日時 : 2007年9月25日 08:20

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