IKTT
IKTT :(クメール伝統織物研究所)森本喜久男

シルクセクター

10月31日、はじめてかもしれない。

厳密には、わたしが出るのが、という意味かもしれない、が。

これまでにも、シルク業界関係者の会議はプノンペンでもたれてきたから。しかし、わたしはプノンペンの会議には出てこなかった。

参加者は多彩、フランス、アメリカ、わたしは日本と。カンボジア一のシルクの生産地、プノムスロックの村の人たちも数人来ていた。なかにはIKTTにいつも生糸を届けてくれているウゲさんの顔も、カンボジアのシルク関係者が一堂に会して、大げさに言えば、カンボジアのシルクの未来についての会議がもたれた。

アルチザンドアンコールなど、基幹になるフランスの関係のいくつかの組織も参加していた。90年代、内戦以降の養蚕事業の再開などにかかわってきた。95年、アメリカの退役軍人組織でスタートした養蚕プロジェクトのオーナーも。

そして、最近、新規参入のカンボジアフランス合同チーム。この企業は、大規模なアグロビジネスをコンポントム州で開始する。そのなかには、養蚕事業もあり、IKTTに協力要請が来ている。しかし、大量生産と高品位のIKTTの布を作る心は同居することは、至難である。それも議論のテーマに。

会議での話も、国家レベルでの養蚕のあり方や未来が語られていた。現在のシルクの国際市場は、中国製の大量生産された安い低品質の生糸が主流になり、日本やブラジルのかってのシルク輸出国を駆逐してきた歴史を、このカンボジアで再現する必要はない。

江戸の末期、日本に近代養蚕の技術を移転したフランスの専門家も、このカンボジアで、再び生産性を優先した単純な価格競争の世界にカンボジアの再生した養蚕農家を掘り出そうとしている。

それが、会議の前半だった。参加した、ニュージーランドの国際的な経済アナリストの意見として紹介された、しかしそこでは、カンボジアの黄色いシルク、黄金のシルクの本来の
高品質な良さは認識されていなかった。単純なシルク一般の国際価格との比較のなかでの議論に進み、悲観論、もしくは蚕の生産農家の希望を失わさせる展開になり始めた。単純な労働単価のの比較などに、それは違う。

現在世界には、日本や中国の生産性を優位において品種改良されたシルクと、カンボジアの黄色い本来のシルクの良さを保持したシルク、そして、その交配種と野蚕の品種が存在している。カンボジアの高品位の黄色いシルクは、大量生産に向いていない、ゆえに、ひと昔前には、シルクの専門家から相手にされなかった経験を持つ。生産性や、既成の市場性だけで議論する限界を、この会議で感じた。

そして、後半、わたしなりの提案をさせていただいた。

カンボジアのシルクへの誇り、それがまずカンボジアのシルク業界にかかわる人たちの中で、再認識されなければならない、国際市場にあふれる、白い生糸とカンボジアの黄色い、ゴールデンシルクはその品質においても、違うもの、それをおなじ土俵に乗せて議論する必要はない。そこに、違う視点や市場性が存在するのだから、そして、議論を、戦略をという話に流れは変わり始めた。

まだまだ、始まったばかりのカンボジアのシルク再生事業、これがカンボジアの村人にとっての、明るい未来を支える産業に発展して欲しいと思っている。そのための、条件をカンボジアのゴールデンシルクは持っているのだから。いま、また新たな展開が始まろうとしている。課題は山済みだが、そんなことを、感じさせてくれる会議になった。


森本喜久男

更新日時 : 2007年11月 2日 23:23

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