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IKTT :(クメール伝統織物研究所)森本喜久男

水牛の親子

 これまでも「伝統の森」の野菜畑は、ほかから入ってくる水牛や牛に食べられたことがある。以前は、全体を囲う柵が不十分だったこともあり入られていた。しかし、囲いも十分にしてもなおかつ、水牛は闇にまぎれて野菜畑に。せっかく育ち始めていたトウモロコシの畑は全滅。隣の長豆の棚も少し荒らされた。

 その被害に耐えかね、やってくる水牛を捕獲することにした。ロープを準備、そして竹棒を手に、手に。夜の7時、野菜畑に集まった伝統の森の若い衆、25人ほど。しばらくして、昨夜食べ残した長豆を狙い、水牛がふたたびやってきた。「伝統の森」の畑はまだ1ヘクタール、残りの3ヘクタールは森のような雑木林。そこに逃げ込む水牛たち。やっと、まだ生まれたばかりの子どもの水牛を捕獲。それを林のそばに繋ぎ、また、待つこと30分、お母さん水牛が子どもを捜してやってきた。

 これは大きい。若い衆それぞれが、水牛の逃げるほうに向かい、走る。逆走、追い。その繰り返しの中で、最初のロープが足に。綱引き。5人ほどの若者の力でも勝てない。林に逃げ込もうとする水牛。次のロープが首に。別のグループは反対側に回り込み、水牛を森から畑のほうに。数十分のやり取りの末に、角に最後のロープがかかり、押さえ込むことができた。その横に子どもの水牛をつれてきてやると、お母さん水牛は突然、激しさをなくし、子どもを見やる風に。そして、おとなしく工芸村地域に引かれていく親子の水牛。

 翌日、村の駐在さんに、畑を荒らした水牛を捕獲したことを連絡。

 それから数日して、持ち主が姿を現した。彼いわく、水牛が逃げたので、自分は知らないのだという。それはないよ。村の掟で、水牛の持ち主は畑の損害分を支払わなければならないはず。しかし、彼は渋る。だが、わたしたちも譲るわけにはいかない。再発を防ぐ意味もあるし、他の水牛の持ち主に対する警告の意味もある。

 村の駐在さんを挟んでしばらくのやり取りの末に持ち主は4万リエル(5ドル)を、伝統の森の村長さんのトオルは20ドルを要求。しばらくのやり取りの末、10ドルに話がつく。

 まだ、ほとんど野菜作りがされていない農村地帯で、野放し状態の水牛たち。とくに乾期には、えさを求めて他人の畑に平気で水牛を放す農民たち。まだこれからも、この問題はつづく。

 幸い、水牛の捕獲の夜は十三夜。月夜の明かりがあり、捕獲もしやすかった。伝統の森の夜中に、闇の中を走り、水牛と追いかけっこ。これも、森での一夜。

更新日時 : 2008年3月24日 06:55

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