25年
今日は、シェムリアップで久しぶりに朝を迎えた。
今年の初めから伝統の森に暮らす生活が始まり、シエムリアップの街にやってくることは週に一度あるかないか、インターネットのメイルチェックと食料品の買出し、そして、シエムリアップの事務所の仕事振りをみながらすごして、またその日の夕方には森に帰るそんな日々。
先日、リヨンから戻り、オフシーズンもかさなり訪問者も少なく、すこしゆっくりとした時間と気分が持て、思い切って念願の歯の治療をした。差し歯、4本。笑うと右側の歯がないのが見え、気になっていた。そして、ものを食べるときにもムリが出始め、思い切って差し歯を入れることに。
実は1月の半ばに、治療を一度始めたが忙しさに終われ途中挫折。そして、再開。村に住んでいるから、毎日通えないことを説明、手際よく治療してもらえるようにお願い、4回の訪院で治療を終えた。
それが昨日の日曜日。そして、ひさしぶりのシエムリアップの朝になった。差し歯の世話になる、そんな歳になってしまったのかもしれない。ふと考えれば、83年1月、タイで暮らすようになってから、もう25年が過ぎた。はやいもの。朝の日差しを浴びながら、ふとそんなことを思っていた。
そんな、歯医者での待ち時間を過ごすためにというわけではないが、ひさしぶりに本を手に、読み始めた。「天空の蛇-禁じられたエジプト学」。ちょうど、リヨンの織物博物館で見かけた、3世紀のエジプトの魚柄の織布。そんなこともあり、この本を家の書棚に見つけ、手にすることになった。
読みながら、エジプトやここのところ、ヨーロッパのゴジック建築の細部にわたるその意匠のすばらしさに圧倒されていたから、あらためて、なぜかピタゴラスや、黄金分割などという、この本の世界になじんでいる。
25年などとのんきな感傷に浸っているよりも、いま伝統の森でめざしている、絣の世界の美を極めたいという、わたしの欲とも願いともいえることに、重なるものがこの本のなかにあるように思う。古くから、人々が美を極めることに、費やしてきた時間。わたしには、これからどこまでいけるものか、まだ、わからないが、2000年後に伝統の森でできた布を見た人が溜息をつくような、そんなすばらしい布を作れるようになりたいと思う。
また今朝も、シエムリアップの工房で染め色のあがりがいまいちな布を見つけ、染め直しを指示しながら、まだまだとその道は、果てしなく遠いことを感じている。
更新日時 : 2008年6月 2日 19:02


