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IKTT :(クメール伝統織物研究所)森本喜久男

「伝統の森」が島に?

水路ここ数日、雨が多い。スコールというにはかなり長時間、どしゃぶりの雨が降る。おとといの晩も、20時過ぎから夜半まで降り続いた。降雨量はかなりのもの。「伝統の森」の沼の水位が上がってきた。

この水位の上昇、どしゃぶりのせいだけでなく、じつは3日前、沼からアンコール時代の水門跡へと続く、流れをせき止めたことにも起因する。シドニー大学が中心になって進めているGAP(グレートアンコールプロジェクト)からの進言により、水門跡が流水にさらされると遺跡が劣化するとのことで、遺跡に流れ込む水流を埋め立てることになったのだ。

じつはこの水門跡へと落ちる水流も、2003年の雨季に増水した沼の水が、より低い部分を求めて、自分で流れ落ちた結果、できあがった水流だった。この流れを跨ぐために、森の男衆たちと橋を作ったのだが、今回のせき止め工事の結果、この橋もつき崩したかっこうとなった。それはともあれ、沼に流れ込んだ水が逃げるところを改めて作ってやらないと、「伝統の森」の工芸村周辺が水没することになりかねない。

朝起きるなり周囲を見てまわった。沼の対岸の野菜畑へと渡る橋も水没、森の入口から工芸村へと続く道も、一部が十数センチの冠水。工芸村エリアが、水に囲まれたかっこうになった。もともと、このエリアはシエムリアップ川の中州にできた島のようなところ。それが、もとのかたちに戻っただけなのだが。

1960年代に作られた5万分の1の地図を見ると、この工芸村のあたりは、雨季に増水する川の蛇行によってできた複雑なかたちの沼地になっていた。その状況が、大雨で再現されたようなものかもしれない。

これ以上、水かさが増えると工芸村が水没の危機にさらされる。そこで、シエムリアップ川へと導水路を掘ることにした。朝いちばん、若い男衆たちを集めた。村長のトオルと、現場を確認する。昨夜、考えていたとおり、第3エリアにある自然林育成地域でいちばん低いところから、桑畑を横切り、藍畑の横をかすめて、地形を利用しての、シエムリアップ川へと溝を掘る土木工事を決めた。

長野の有志のみなさんから寄贈されたエスカベーターで溝を堀り、十数人の男衆たちが残土をかき出す。約3時間半の作業で、幅50センチ、深さ1メートル以上、長さ50メートルの導水路が出来上がった。

これで、ひと安心。冠水した水がすべて引くほど深くは掘れなかったが、いま以上に増水する危険もなくなるはず。導水路のメンテは週に一回は男衆たちで行うことを決めた。沼を渡る橋をもう少し高いところに作り直し、冠水した道路には、順次、石を撒き、盛り土をしていく。

水を制する者、国(?)を制する、の朝だった。

更新日時 : 2008年8月18日 16:56

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