わたしの「手の記憶」
ひさしぶりに、わたしにとっての京都時代の手の記憶といえる、ローケツ染めの布を描いた。
当時、キモノにローケツ染めの絵柄を描くことが主な仕事だった。そして私と布との接点は、絵が描きたくなるような質感のある布だった。いまIKTTで、そんな質感のある、ほんとうに手作りの布が作れるようになった。
IKTTで熟練の織り手たちと一緒に仕事をしながら、自分自身で無性に染めたくなるときがある。おおくは、それは年に一度だけ。だから、私のローケツの布は年に数枚しかできない、でいる。ふだんは、現場のみんなの仕事を見る忙しさに追われているからなのだが。
描く図柄は決まっている。それは樹木の枝、なぜかこの図柄が気に入っている。何度描いても飽きずに、またその新しいバージョンが生まれてくる。
最近、気がついたのだが、その図柄に似たものが、バイヨン寺院の壁画にある。それは、生命の木かもしれない。いくつかの枝葉が重なりながら、天を目指すように伸びている。それはまた、IKTTのみんなの生きる姿でもあるのかもしれない。一枚一枚の葉っぱが、一人ひとりの、熟練の織り手や研修生といえるような。ときには絡まりながら、そして揺れながら、天をめざす枝葉たち。
いままでの布は、すべてIKTTのショップで完売した。だから一枚も手元にはない。ここ数週間、ひさしぶりに忙しさの合間を縫って、5枚も描き上げた。長さ2.5 メートルの大きいものも2枚。それらは、実はこの9月の蚕まつりの前夜祭のファッションショーの一コマで、布としてまとわれ紹介される予定である。
このローケツ染めの仕事、できればIKTTのお絵描き組の何人かに伝えていきたいと思っている。彼女たちは、筆を持って数年が経つ。すでにその資質は備わっている。わたしが、京都という伝統の染色の世界で、神業のような親方から学んだ、その手の記憶を、このカンボジアの地で若い世代に伝えていくことができれば、それは本望である。
彼女たちの何人かは、これまでわたしのローケツ染めの手伝いをしてきたことで、すでにその手順は理解している。柄は、彼女たちの得意とする柄でいい。それを作品にすることができれば。化学染料を一切使わず、自然の染料だけで描かれるローケツ染めの世界。それは、すでにインドやインドネシアでも消えてしまった世界でもある。
更新日時 : 2008年8月31日 07:59


