IKTT
IKTT :(クメール伝統織物研究所)森本喜久男

自然をまとう

IKTTにこられた方に、わたしはIKTTで織られた布を実際にまとっていただくことにしている。

それは、布の違いを本当に体感していただきたいと思うからである。若いかたで、その値段の高い布を買うことができないといわれるかたにも、押し売りではなく、体感していただきたいと思うから。

手に持つと、ずっしりと重い。でも、肩にかけると、それが嘘のように重さを感じなくなる。不思議である。そして、まとうと布にぬくもりがある。それは、織り手のぬくもりがまだ布に残っていると説明する。繭から、手で引き糸にする。そして、若い研修生がその糸を一本一本きれいにしていく大
変な作業を経て、染め織られていく。

そんな、作り手の気持ちが布にこめられている。そして不思議なことに、肩にかけても、布は落ちてこない。体にまとわりつく布。体と一体になるとでもいうのだろうか、布が体の一部のように感じられる。そんな布の風合いを、IKTTにこられた方々に感じていただければと思う。わずか100年ほど前まで、そんな布が普通にあったのだと思う。使われる糸や染め材、そんな素材が、どこから誰の手でとわかるような、本当の意味での手作りの布が普通にあったはず。

わたしは、心のこもっていないものは、手作り、ハンドメイドとは、呼べないのだと言う。技術や経験も大切だが、本当に大切なものは、それを生み出す人の心だと。その心がなければ、ほんとうにいいものは作れない。

そして素材。普通、シルクといえばすべて同じものと思われがちである。でも、蚕の作る繭から糸を引く作業から、いや、本当はどんな種類の蚕からとなるのだけれども、それぞれ違いがある。機械による量産を第一義に、効率化を美徳とする生産システムのなかで作られてきた蚕の生糸と、昔ながらの手作業で丁寧に手で引かれた生糸は、まったくの別物である。

機械による大量生産を優先する目的で品種改良されてきたばかりに、クオリティの落ちた、弱いシルク。ファッションの流行とともに、使い捨てられることを良しとするなかで受け入れられ、作られてきた最近のシルクの衣料品。わたしは、それらをシルクとは呼びたくない、別の繊維ではないのかと思ったりする。

機械で安く作られたシルクのブラウスが、一年か二年で寿命を終えてしまうのに比べ、IKTTのシルクで作ったブラウスは10年や20年は平気。むかしのキモノを考えていただければいい。お母さんから娘さんに、そんな風に受け継がれてきたもの。手作りのシルクは、手触りの良さだけではなく、そんな布の世界でもある。

IKTTに来られた方が、値段が高いからと一度諦めて、近くのオールドマーケットや他の店へ行き、それでもまた戻っていらっしゃることがある。それは、布の手触りのあきらかな違いを知ってしまったから。かりに値段が10倍違っても、それ以上の価値があるもの。そんな布を今では、作れるようになり始めた。

布を生み出す自然を取り戻しながら、そこで布を作る人たちが生活する。そこで暮らす人たちの心が、IKTTの布にはこめられている。だからIKTTの布をまとうと、気持ちよくなれる、まるで薬のような布。それは、心と自然をまとう、そんな世界でもある。

それは、カンボジアの豊かな自然のなかで培われてきた伝統の世界でもあるのだ。

更新日時 : 2008年10月27日 05:46

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