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IKTT :(クメール伝統織物研究所)森本喜久男

森の守り神

最近、「伝統の森」に訪ねてこられる方々の感想から感じ取れるのは、多くの方々の、この地に姿を現し始めた、森に囲まれ、織物で生計を立てる人びとが暮らす「村」、村そのものへの関心の高さである。

それは、自立と自然循環をめざす、村びとの生活とそれを包む豊かな自然環境。いまふうに言えば、エコビレッジ。布に必要なすべての素材がそこにある。それは、制作に必要な道具も含めて。

村の外から何も買わなくても布が作れる。カンボジアの村には、もともとそんな豊かな自然環境があったのだが、戦争の混乱の中で多くが失われた。

それは、その中で暮らす人びとの知恵も同様。2002年に始まった「伝統の森」プロジェクト。荒地を開墾し、畑を耕し、道を作り、そして自然の、もともとそこにあった「森」を再生させるために下草を刈り、間引きをしながら、7年の時間が経過し、ようやく今では小さな森と呼べるところまでに育ってきた。

23人の開墾組からスタートした森の住人も、今では200人を越える人びとが暮らすようになった。雑貨屋や、子どもたちのための学校も。井戸を掘り、電気も自家発電している。牛を飼いながら、堆肥やバイオガス、ゆくゆくは電気も自前の水力やソーラーによる本当の意味での自家発電にしていきたい。

自給自足そのものを目指しているわけではないが、無農薬での野菜づくりやアヒルや鶏の飼育にも取り組み、近いうちに沼での養魚も開始する予定である。それは、できる範囲での自給率を上げていくことに。それは、ここで暮らす人びとの生活の安定も意味する。

200人を超えた村びとたちの住む家も、長屋式のものから、小さな一軒家まで。その数は30軒を超えた。工芸村エリアに住む人びとは、タケオ州からの織り手を中心にした、その家族たち。そして、隣接してゲスト用の部屋もある。新たに増築したゲストルームを、わたしは森の迎賓館と呼んでいる。古い織りの道具や布も展示している。

ゆくゆくは、そんな古い布を中心に、黄色い蚕の歴史や豊かな自然染料の存在を展示する、森のミュージアムも建設していきたいと思っている。でも「伝統の森」再生計画はまだ途中、やっと半ばにきたところ。

カンボジアのアンコール文明を作り出してきた人びとの、何百年、何千年にわたる自然のなかで暮らしてきた人びとの知恵を取り戻すための、壮大な計画なのかもしれない。が、どこまでいけるかわからないが、できるところまで実現してゆきたいと思っている。

そして今、この森で走りまわって暮らす子どもたちが、わたしたちが取り戻した知恵を受け継いでいってくれればと、願っている。子どもたちの未来を作ること、それはわたしたちの未来でもあるから。

この森のプロジェクトを始めてしばらくして、森の中に、プレアコーとクメール語で呼ぶ「牛の神様」を安置したいと、なぜか突然、思うようになった。はじめ、その理由はわからなかった。しかし、ある研究者から、カンボジアの牛の神様についての歴史を教わった。くわしくはまた次の機会に、だが。

この牛の神様は、知恵の神ともいわれる。

それは、この「伝統の森」再生プロジェクトが本来目指す、森の知恵の再生の、まさに象徴となる。プレアコーの安置も、早ければ、年内に実現できればと思っている。

じつは、少し説明すると、わたしの中に、子どものころよく見かけた京都の北野天満宮の境内に安置されていた黒光りした牛の神様がある。そして、タイのブリラム県のカオプラウィハーンと呼ばれる、山の上のクメール時代の寺院の中に安置されているのも、砂岩でできた牛の神様。そして、プノンペンの北、むかし王都があったウドンの丘の寺院で、出会ったものそれ。それらが、なぜかわたしの中で一本の線になってつながっている。

そして、現在の「伝統の森」、それは古くはアンコールの森の一部であったところ、その一角にプレアコーをもういちど、なぜか安置したいと、思うようになった。

自然を再生しながら、人びとと暮らしながら。それはいわば「伝統の森」の守り神。自然と生きる人びとの、自然に対する畏敬の気持ちを表すものであり、その知恵を象徴するもの。それは、いま布を作るわたしたちの気持ちそのものであるように思える。


森本喜久男

更新日時 : 2009年4月 6日 08:15

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