IKTT
IKTT :(クメール伝統織物研究所)森本喜久男

自然を布に

最近、インドネシアでバティックに取り組み始めたというアメリカ人が訪ねてきた。

彼はもともとテキスタイルデザイナーで、布にかかわる仕事をしてきたようだ。そして、アジアの布と出会いそれに魅せられた。というか、魅せられてしまった。

インドネシアやラオス、そしてカンボジア、タイ。すばらしい手織りの布の世界がそこにある。それは、そのままアジアの豊潤な自然環境と切り離せないし、その恵みといえる。

それは、自然の布の世界。麻や木綿、そして絹。たとえば、麻といってもいろんな麻がある。最近も、これまでカンボジアで見つけられずにいた麻の繊維を作る村人と出会うことができた。あったはずだと思いながらも、その痕跡も辿れなかったもの。探し始めてから14年の時間が必要だった(笑)。

現在、その村人たちはその麻の繊維で布を作っているわけではない。ゴザを編むための縦糸として使われている。しかし、彼女たちの、器用に麻の束から繊維を撚りながら糸にしている姿を見ていて、それが布にされていたことは容易に想像できる。

それは沖縄の、芭蕉の繊維から糸を生み出すおばあたちのようでもある。そして、そんな自然の繊維を素材として布にする織りの世界がある。インドネシアでは、島ごとに、それぞれ異なる織りがあるという。

わたしも1983年、タイ・カンボジア国境の難民キャンプにかかわりながら、偶然、村で生み出されていた黄色い生糸と出会い、それからもう25年以上かな、魅せられてしまった、その一人でもある。

わたしは、そんな世界の布好きな人たちを、自分も含めてTEXTILE LOVERと呼んでいる。アメリカ人の彼と話していて、なかなか話は尽きなかった。その上で、IKTTの店の隅に飾られている、わたしの描いたローケツ染め(=手描きバティック)の布の話になった。

インドネシアでは、ローケツ染めにチャンティンと呼ぶ道具を用いる。日本でローケツを学んだわたしは、筆が大切な道具。日本のローケツ用の白い毛の筆を今も使っている。包丁一本ではないが、筆一本でアジアに流れてきた職人さん。

彼は、日本のキモノの世界で一般的な、ローケツの技法である「堰だし」についても、マニアックによく知っていた。これは、最近、英語の入門書を見かけるほどに紹介され始めている。

キモノの衰退のなかで、やはり残念なのはその美の世界を支えていた技術や技が消えていくこと。わたしは、日本から外に出てはじめて、京都の染めの職人さんたちの技術の高さに改めて目を見張った記憶がある。

わたしのローケツの師匠も神業のような仕事をしていた。じつは蝋には、いくつかの種類があり、それぞれ温度や粘りと硬さが違う。それを、使い分けながら筆で絵を描く。それも、一筆描き。いわば墨絵の世界である。そんな仕事は、いまのわたしにもとても追いつけない世界。

そのうえで、染色はすべて自然のものだけ。洗って落ちるようでは染めたとは言わない、というのが本当のプロの世界。でも最近では、そんな色落ちのする布が当たり前のように市場に氾濫している。

ローケツ染めの布は、常温で染めなければならない。描いた蝋が溶けてしまうから。だが、染色の基本は、染め材を高温で焚くことで色が染まる。つまり、ローケツと染色は対極にある作業。だから、じつは自然染料によるローケツ染めは、秘伝の世界。

インドネシアでもわずかに、その自然染料のバティックの技術は残されている。しかし、家伝の技。代々、門外不出なのである。かつて、わたしが、カンボジアで調査を始めたころ、やはりタケオの村のおばあちゃんが、わたしに絣の柄の括りの説明をしたことを、わたしが帰った後で、他の村人から外の人間に教えたことを責められたと、あとから教えられたことがある。

その、秘伝を教えてほしいと、彼はいってきた。インドネシアでも、化学染料の氾濫のなか、伝統の自然染料の技術は過去のものになりつつある。やはり、先日訪ねてきたインドの布の専門家も、IKTTの布を見ながら溜め息をついていた。

知り合いのマレイシアの大学でテキスタイルを教える先生が、やはりわたしのバティックの布を見て、生徒を受け入れてほしいといってきたことがある。でも、わたしは頑固に、笑いながらいやだと伝える。

決して、塩を舐めながら磨いた技だからではないが、そんな学校で習うように簡単に技術を伝えることはできないと思っている。アメリカ人の彼が、そしたら、お前が死んだら、その技術は誰が受け継ぐんだ、と食い下がってくる。

でも、わたしはやはり笑いながら、地獄に一緒に持っていくんだと説明する。

豊かな自然の恵み。それを糸にして、いろんな特徴や性質を持つ自然素材の色で染める。それは、自然への思いやりがあって初めて可能なこと、ただの染色の技術ではない、生きる作法でもある。それなくして、布に色を染めることは本当はできない。

更新日時 : 2009年4月20日 10:42

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