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IKTT :(クメール伝統織物研究所)森本喜久男

水牛、ふたたび

昨年、周辺の村から放し飼いにされた水牛が「伝統の森」の桑畑に侵入、桑の葉や畑のトウモロコシをたいらげてしまった。

水牛の持ち主は、それを承知で放し飼いにしている。桑の葉は、水牛のために育てているわけではない。もちろん蚕のため。でも、水牛とのいたちごっこは止まなかった。闇夜にまぎれて入ってくる水牛、そして、森の男連中と、それを追い出し、ときには捕獲していた。

昨年は7頭プラス。雨が降らない乾季、水牛も餌を求めて彷徨する。「伝統の森」の周辺の柵を整備。水牛が入れそうなところを補強。最後に、捕獲した水牛の持ち主と、村の駐在さんを証人に念書まで作成した。つぎに水牛が侵入してきたら、返さないと。

昨年は、それ以降、水牛の姿は見えなくなった。そして、今年3月、4月の乾季、「伝統の森」の隣接地で水牛を見かけることはなかった。

ちょうど4月のお正月の前、「伝統の森」の野菜畑の隣接地に水牛が姿を現した。昼間は、少し離れたところに。そして、深夜には柵の周囲の雑草を食んでいた。心配だから、村の駐在さんにも連絡、夜間の巡回もたのんだ。

4月14日、新しい年の天使が降りてきた。そして、次の日。沼に面して他の地主が所有する隣接地が少しある。水牛はそこから例年侵入していた。そこにまた姿を現した。沼に柵を作ることは難しい。大きな水牛は、簡単な柵では平気で乗り越えてくる。

案の定、闇夜にまぎれて水牛が桑畑に。「伝統の森」に警戒警報発令。森の男連中が走る。9頭の水牛が、桑畑で葉を食べていた。しかし、水牛もすばやい。しばらくして、逃げられてしまった。

翌日朝、いったん逃げていた水牛がまた戻っていた。おいしい桑の葉を食べてしまったわけで、味をしめ戻ってきたのだ。ふたたび、水牛の群れに、男連中が走る。そのとき、桑畑のなかを走りまわる水牛の群れと、男たちの運手していたトラックが激突。200キロはゆうにある水牛。普通の車であれば、大破だが、トラックでは水牛も勝てない。そのまま一頭の水牛が倒れ動かなくなった。

村の駐在さんが持ち主を確認、連絡をとってくれた。水牛の持ち主曰く、逃げてしまいわからなかったと。でも、ほんとうは違う。ここに餌があるのがわかっていて、放し飼いにしているわけだから。その倒れた水牛は、その日の夕方、息を引き取った。

本当は、水牛には罪がない。持ち主が、わかっていて放牧しているわけで水牛も被害者といえる。翌日、森の村のおばあたちといっしょに、亡くなった水牛にお線香をあげた。駐在さんから、郡の警察署長さんに連絡があり、先の念書のこともあり、水牛の持ち主に返さなくてもいいという連絡があった。

その日はちょうど、正月明けの初日。仕事始めの日だった。みんなで力を合わせ、水牛を解体。各家庭で分けあった。わたしは、肉はいらないから角を、そう水牛の大きな角を記念(?)に欲しいと彼ら伝えた。

水牛騒動は、今年で3年目。なかなか、終わりそうにない。水牛の肉を食べてまでしても、終わりそうにない。シエムリアップの農村部で、野菜づくりをしている農家はまだ少ない。雨季の雨を待つだけの、水田による稲作が中心。だから、水牛や牛にとっては、どこでも行き放題。

豚もおなじ。豚が放し飼いされているということは、まだ、その村では野菜づくりが一般的ではないことの証左。豚は、餌を求めて、ところかまわず掘り返す。農業と牧畜は、ときに対立する存在。農耕民族と狩猟民族との対立の歴史でもある。

「伝統の森」で、蚕を飼い生糸を生産することは至上課題。そのために、元気に桑の木が育つ環境を作ることが仕事なのだが。しかし、元気に育った桑の葉を水牛に食べられてしまっては、なにをしていることか。まったく悪びれる様子のない、水牛の持ち主。

カンボジアには、古くから「水牛儀礼」と呼ばれる儀式がある。現在でもモンクメール族に属するラタナキリ州に暮らすジャライ族の人びとが、この儀式を継承している。仏教やヒンドゥー教以前の土着の宗教である。とても残酷な儀式で、一思いに殺さず、数日かけて徐々に殺すというもの。わたしは、その心はと思っていた、が。

水牛のせいではないにしろ、桑の葉を食べにくる水牛を見ながら、そんな残酷な儀式の単純な意味を知ったような気がする。しかし、牛の神様というのもあるのだけれども。


水牛は性格的に荒いといわれる。やはり、牛はそれに比べて温厚な性格。知らない牛には近づけるが、水牛に近づくのは危ないといわれている。

知り合いの、リタイアしたお巡りさんと、このことを話す機会があった。彼曰く、それも伝統だからと、笑いながらそんな答えが返ってきた。本当に昔から、水牛と畑作農民の争いは絶えないことのようだ。

「伝統の森」では、外周策のほかに自衛のために、桑畑の周囲に新たに柵を作ることにした。蚕が元気に育つために。

更新日時 : 2009年4月28日 15:06

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