IKTT
IKTT :(クメール伝統織物研究所)森本喜久男

ロムドゥアルというお米

シエムリアップにおいしいお米があると書いた。ほんとうにおいしい。日本人的にいえば、寿司にしてもいい、粘りのあるお米なのである。

最初にこのお米を口にしたとき驚いた。香り米と呼ばれるおいしいお米がある。でも、このロムドゥアルは別格だった。うまい米は、おいしいお漬物があれば、それでよしみたいな世界。

それは偶然で、IKTTのスタッフのわたしが「陸に上がった漁師の娘」と呼んでいる、そのひとりのお母さんに頼まれて車を走らせた。その着いた先で、早めの昼となり、そのとき出てきたものが、このお米だった。

そのお母さん、もう20年ほど前に縁あってトンレサップ湖の漁師と結婚した。だから、訪ねた家は彼女の実家。といっても国道沿いの、シエムリアップの町から25キロほど走った小さな村。男たちは闘鶏をしたり、スヌーカーと呼ぶ、賭けビリヤードに一生懸命な、そんな村の一角。

トンレサップ湖の魚の収穫量は、年々減少している。底引き網のような乱獲がたたってなのだろうが、産卵期の小さな稚魚まで獲り尽くしてしまう。

以前であれば、そんな産卵期とその後しばらくは、禁猟期であった。が、そんなことにお構いなしに、密漁の世界が繰り広げられ、結果、湖から魚は消え始めた。

わたしは以前、プノンペンのトンレサップ川沿いの2階のアパートに暮らしていた。その窓から、ほんとうに金魚すくいのような要領で、小船に乗った漁師の家族が魚を、ほんとうに大きな枠のついた網ですくっているのである。そして、もちろん獲れている。しばらく、唖然としてみていた記憶がある。

トンレサップ湖は、世界でも屈指の淡水区での漁獲高を誇っていた。それは、昔の北海での漁獲高と比較されていたほどである。だから、仕掛けもない金魚すくいのような網でも魚は獲れていたのである。

それは、トンレサップ湖という巨大なメコン川の溜池で、禁漁区と禁漁期によって、産卵と稚魚の成長を自然の循環のなかで保護することで可能にしていた。しかし、あるときその掟は破られ、乱獲がたたり、魚は姿を消し始め、ついに漁師たちは陸に上がらざるを得なくなった。

これは自然の摂理。美しい赤い色を染められるラックカイガラムシの巣。

これも毎年12月の繁殖期に新しい枝に移動し、新しい巣を作り始める。そして、移動した後の古い巣を収穫して、利用する。

もう20年ほど前になるが、東北タイの、とあるスリンの村にラックカイガラムシを、北タイの村から届けたことがある。昔はその村にも、ラックカイガラムシはいたらしいが、すでにラックの染めは途絶えていたのだ。

数年後には、巣を収穫できるようになり、美しい赤を再び染められるようになった。しかし、それからまた数年、ラックは村から消えてしまった。なぜか。新しい枝に移り作り始めた、できたばかりの巣までも村人は染めに使うようになり、その結果ついには消えてしまった。そしてラックがいた木も切られていく。

再生産、これは経済活動の原則である。種となるべき原資も食べてしまえば、花は咲かず、実はならない。自然環境は、豊かな富をもたらす玉手箱。

でも、その自然の循環や環境を絶つことで、それは玉手箱でなくなる。古くから、人々はその自然の循環を理解し、その再生産を促してきたはず。樹齢百年の木を切れば、そこに次の百年のために苗木を植えてきた。それは森の掟であり知恵であった。

トンレサップ湖でも、そんな漁民の知恵や掟があったはず。でも、それが破られることで、魚の姿は消えていく。トンレサップ湖には、雨季に潅水する広大な冠水林がある。そこで魚は産卵をし、稚魚が守られ育ってきた。しかし、開発の中でそんな冠水林が減少、稚魚の安全な環境は絶たれていかざるを得ない。それに加えての乱獲。

その結果、陸に上がることになった漁師の娘がIKTTには何人かいる。「伝統の森」の沼で、小船を器用に操る、そんな人たちである。その家族と縁があり、偶然おいしいお米と出会えたわけで、感謝。そのおいしいお米を作る村は、乾季に米を作る人たちでもある。

カンボジアには、雨季の雨を待って田植えをする地域と、その逆に、雨季に冠水していた地域の水が引いたところから田植えをする、減水田と呼ばれる稲作をする地域がある。その村は、トンレサップ湖に近く、乾季に湖の水位が引いていくところから田植えをする減水田が主。トンレサップ湖の水がもたらす、自然の堆肥が畑にはまかれている。しかし、そんな自然環境に適した稲作よりも、化成肥料を用いた大量に産出する品種が優先されるようになりはじめてきたが、ここの村人は昔なりの品種で田に牛糞を入れて稲を育てている。昔なりの、有機農法。だから、おいしい米ができてしまう。

そのおいしいお米を食べ終えて、即、このお米はどこから?と聞いてしまった。そう、自家米。それを譲ってほしいと頼むが、冷たく、うちには家族の食べる分しかないから、と相手にしてもらえない。いちばんおいしいお米は家族のために。

このやりとりと同じ経験を、以前わたしはタイの織物の村でしたことがある。いちばんいい生糸で織られた布は家族のためにある。そして、その次の二番手の布なら売ってもいいよといわれた。それと同じこと。10年ほどして、その家の娘さんが嫁ぐときに、そのいちばんいい糸で織られた布は、引き出物に、そして相手の家族の女性たちに一枚一枚、広げながら渡されていくのを見てしまった、ことがある。

でも、その同じ村のロムドゥアル米を手に入れた。あの家のお米ほどではないのだが、おいしい。近いうちのこのお米を使って、チラシ寿司を作ってみようかと思っている。


森本喜久男

更新日時 : 2009年4月30日 09:26

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