IKTT
IKTT :(クメール伝統織物研究所)森本喜久男

ほんものの布

シエムリアップ州やバンティミィエンチェ州の村から、20人ほどの人がIKTTに見学にこられた。最近、カンボジアでも、日本の一村一品運動のような活動が商業省を中心に話題になり、実際に、それぞれの州や村の特産品を作る動きが出てきている。そんな、村での実際の担い手となる村人たちだ。


村長さんを含めて、女性もまじえた村の視察団。染め場では、みんな熱心に自然の染料の説明に聞き入っていた。そして、IKTTのショップを見ながら、みんなの好奇心は、そのつけられた値段に、そしてやはり自然の色の美しさに。

カンボジアには、すばらしい黄色いシルクがあった。でも、現在では、輸入されたマシンメイドの白いシルクが当たり前になってしまった。本当の手作りの黄色いシルクのしなやかさや、そのよさは、年長者の記憶の中に残されているだけ。そして、そのころは自然の染料の世界もまた、生活のなかに生きていた。しかし、20数年の内戦を経たいま、村人たちのなかからその記憶は消えてしまっている。1998年の内戦終結から、10年が経った。

1970年から数えれば、約40年になるわけで、今日訪ねてきた村人たちの多くは、それよりも若い世代に属する。

たとえば、自然の染料になる植物の名前は聞いたことがあるという人も、実際にそれが染められている現場を見たことはない。村で桑の木を植えて蚕を飼う、そして綿花を栽培して糸を紡ぐ。そんな、昔であればどこの村でも当たり前にあった経験や知恵が、戦乱のなかで消えてしまった。

IKTTが1995年から、伝統織物の復元と活性化に取り組むようになって、もう15年になる。最近、そんなIKTTの仕事が、カンボジア国内でも注目されるようになってきた。

ほんとうの、カンボジアの伝統の布を作ること、それがわたしたちIKTTの普通の仕事になっている。シエムリアップ州を代表する「村の特産品」のひとつとして、「伝統の森」の村の絹織物が選ばれた(絹織物のほかに、シエムリアップ州を代表するのはプラホックと呼ばれる伝統の魚からつくった発酵食品)。そのせいか、カンボジアの地元のNGOや村びとたちの「伝統の森」への見学も増えてきている。

これまでもわたしたちIKTTは、手織物プロジェクトを手がけるカンボジアの他のNGOからの依頼で、自然染色を学ぶための研修生を数多く受け入れてきた。彼女たちは、化学染料しか知らない。それでも、なかにはカンポット州の職業訓練所の人たちのように、腕を上げて、いまではIKTTのショップにならべて販売している布もある。

先日も、ラタナキリ州で手工芸品のプロジェクトを始めようとしているグループが「伝統の森」を訪ねてきた。ラタナキリ州は、ベトナムとの国境に接し山が多い州。多くの山の人たちがいまも暮らしている。そんな少数民族の人たちの伝統の籠や布を作り販売していきたいと、動き始めている。そして自分たちのプロジェクトで織り上げた布をわたしに、とプレゼント。しかし、その布を見て少し残念に思った。それは、糸は機械で紡がれた綿糸で、色も化学染料。織りは、村人が昔ながらの手間のかかる腰機で織っているという。そんなにして手織りしているのだが、素材に工業生産されたものを使ってしまっているため、見た目には大量生産されたおみやげ物のようになってしまっている。

彼らに、わたしが10年ほど前にラタナキリの村を訪ねたときに村人から譲ってもらった、古い木綿の布を見せた。それは、糸も手で紡いだ木綿の、色は本当の自然の藍で染められたもの。そしてラックの赤い色がアクセントで使われている、すばらしい伝統の布。

ラタナキリから来たリーダー格の若い男性は、その布を見て驚いていた。じつは、彼はそんなラタナキリの山の人たちが織った「ほんものの布」を、話には聞いていたが、これまで見たことがなかったのだと。そのごつごつとした手触り、そして深い藍のブルー。彼としばらく、本当に手で物を作ることの大切さやその素材選び、そんなことを話しあった。そのとき、彼の眼は輝いていた。

IKTTには、そんなカンボジアの織り手が作った古い布がある。それはわたしたちのテキスト、先生ともいえる。IKTTの、若い織り手たちとそんな昔の布を囲んで、なぜその布が美しいのか、そんなことを布をひっくり返したりしながら話すことがある。織りや染め、その布に隠された、技を見つけ出すために。

IKTTの、これまでの15年の仕事は、その繰り返しだった。そして少しづつ、その隠された技を取り戻しながら、現在の地点にたどり着くことができた。決して簡単にできることではない。そして、いまもなおカンボジアの昔の織り手たちの素晴らしい仕事を再現するために、切磋琢磨しなくてはならないと思っている。

しかし、その課題はとても高く、そして深い。


森本喜久男

更新日時 : 2009年5月13日 08:19

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