IKTT
IKTT :(クメール伝統織物研究所)森本喜久男

ラックカイガラムシの赤は本当に美しい。

ラックカイガラムシの赤は本当に美しいローケツ染は、布を染めては、また筆で重ねロー(蝋)を置くことを繰り返す。蝋と色の重なりが、絵柄に深みを出す。しかし、ローを最後に洗い落とすまで本当の色の仕上がりは見えてこない。そして、染め終えて布を洗いながら、その水の中できわだって輝く色はラックの赤。染め終えた布を見ながら、あらためて実感した。

ローケツ染は、溶かした蝋を筆に含ませながら描いていく。ローが置かれたところには色が入らない、その性質を利用した防染と呼ばれる染色技術のひとつ。ローには、石油系のパラフインと呼ばれるものがある。これは、一般にローソクなどを作る原料となる。これは、どこでも手に入る。しかし、描くとさらさらとして粘りがなく、さくいので割れ、ヒビが入りやすく、ときには効果になるが、色がにじみ絵柄をだめにすることも。カルナバワックスという、このわれの効果を出すための硬い蝋があり、きれいなヒビを入れることができる。

それにたいし、自然の蝋。はぜの木を原料にした木蝋や、蜂の巣から精製した蜜蝋がある。日本では、四国が木蝋の産地だと聞いたことがある。中国やビルマなどの照葉樹林帯が主産地。さらに純度を高めたものが、白蝋。昔の手作りの白いローソクの原料でもあり、燃えるときの香りがいい。これらは粘りがあり、ローケツ染をするときに、パラフイン系のローと混ぜながら、描きやすい粘りに調整する。カンボジアでも、山の幸を商いする店があり、ときにこの木蝋や蜜蝋を見つけることがある。

赤色の素材、ラックカイガラムシの巣は、ちょうど竹輪のような大きさで木の枝に巻きつくようにできている。何千、何万のコンマ5ミリにもならない小さな虫たちが集まり作った濃い臙脂色をした家。そんな無数の虫が集まった様子を表すインドの古語サンスクリット語の無限をあらわす言葉がラックにつけられた名の由来。古くから、木の家具を磨き輝かせるために利用され、いまも使われている。だからか、英語のニス塗料を表すラッカーの語源は、このラックからきている。

おもに12月の繁殖期に新しい枝に移る習性を利用して、移った後の古い巣のついた枝を収穫する。もう20年ほど前の話だが、タイの北部、チェンライ県の村で出会った老人。彼は、大きなラックが繁殖する樹齢百年をこえる合歓の木を見上げながら、今年はこの木から120キロは収穫できると、その収穫量を的確に言い当てていた。そんな人たちが、ラックカイガラムシを天敵から守りながら、代々にわたり育ててきた。

ラックの巣に含まれている赤い色素を摘出、染に利用するが、この色素は食用になり無害。というか、古くは薬として珍重もされていた記録もある。日本のかまぼこの赤い色には、今でもこのラックの赤が使われており、日本人にとってはなじみの色。色素を摘出した後のラックの茶色い巣は、ラックスティックとよばれ、大切な工業原料となる天然のプラスチックで、その用途は多様。

岐阜県に伝統の「水うちわ」がある。水にぬれても大丈夫な、耐水性のある、そして透明感のあるそのうちわ、なかなか風情があるもの。じつは、その耐水性を出すために、ラックの巣から獲った樹脂が使われていることを最近知った。台所などで昔は、炭火やマキを燃やすときに使っていた、赤いうちわ。じつは、あの耐水性のあるうちわも、ラックの樹脂が塗られていた。そして、その赤い色、じつはラックが使われていたのかもしれない。

それぞれ、ラックの状態により巣から色を摘出する方法は何とおりかある。調査でカンボジアの村をまわっていたころ、ラックを染めた経験のある何人かの年配の女性たちと出会うことができた。木の臼に、ラックの巣を入れお湯を注ぎながら杵で突く、それはちょうど餅をつくように。湯の中でつきたての餅のように柔らかくなったラックの巣から色が出てくる、それを少しずつ取り出しながら、さらに湯を足し、繰り返し染液を摘出する。じつは、この方法は生の新鮮な状態のラックの巣から色を摘出する方法。むかし、彼女たちの手の届くところにラックの巣があったころの記憶といえる。

戦乱の中で、カンボジアの村からラックカイガラムシは消えてしまった。彼女たちの記憶を取り戻し、ラックの暮らしていた自然環境を取り戻すことがIKTTの「伝統の森」計画の大きなテーマ。そのために、ラックカイガラムシが寄生できる木を育てている。IKTTでは現在、タイやラオスから乾燥したラックを買っている。その染め方は、乾燥したラックの染め方。ラックの巣を木の枝から切り離し、細かく砕き、石臼でさらに細かく砕く。粉のようになったラックを水に入れ、タマリンドウの実をすこしいれ二晩ほど寝かすと自然に色が出てくる、その液を染めに使う。これは、25年ほど前に試行錯誤の末にたどり着いたわたしの秘伝。このまま、常温で染ことができる。

染めるということは、布に色が定着することを言う。洗って落ちるようでは、染めたとはいわない。染色の基本は、煮ることで色が布に定着する。しかし、ローケツ染の布は煮るとローが熔けてしまう。そのために、常温で染めることが基本。しかし、常温で色が定着する自然の染材は、そんなに沢山はない。

これまで、椰子の実で染め、明礬媒染でベージュを定着。そして、その上からおはぐろによる鉄媒染で、グレーのぼかしを入れながら、ローケツ染の絵柄を描いてきた。そして、仕上げは石灰媒染で、赤味の茶を出し仕上げとしてきた。あるとき、この常温で染まるラックをローケツに使うことを思いつき、ここ数年その組み合わせを定番としてきた。

そして、今回初めての試みだったのだが、ブロフーの樹皮で染めた黄色を下地に染。その上からラックの赤と伝統の森で育った藍を試すことに。黄色と赤と藍。ほんとうに自然の染料のピュアーな三原色。黄色と藍の重なりの緑、最初は淡い本当にきれいな若草色が、そしてラックの赤と重なりながら、老松色と呼ぶ渋い緑色まで変化していく。カンボジアの泥状の藍は濃度が濃い。だから、そのまま引き染に使うと、ラックの赤と藍の重なりの中で、老松色の先に黒色に変化していくことに気がついた。

しかし、深い黒を染めるためにはまだまだ試行錯誤が必要な気がする。この染め方は、日本でキモノの羽織などの黒ものを染めていた三度黒と呼ばれる染め方に近い。しかし、これはオールピュアーナチュラル。現代の三度黒の染めは、重クロム酸という劇薬を使うことで染めていたため、汚水が環境汚染につながるために使用は禁止されるようになった。それは、多くの化学染料の持つ宿命といえる。そして、それと対照的な染料が、自然の恵み、伝統の知恵、森の知恵としての自然の染料の世界といえる。その豊かな記憶を取り戻すことがこれからの大きな課題となる。

ラックカイガラムシの赤はほんとうに美しい その2に続く)


森本喜久男

更新日時 : 2009年7月16日 08:27

前後の記事:<< 生産調整 | ラックカイガラムシの赤はほんとうに美しい その2 >>
関連記事
ラックカイガラムシの赤はほんとうに美しい その2(2009年7月16日)
布が売れた(2009年4月24日)
自然を布に(2009年4月20日)
自然のコンビニエンスストアー(2008年10月23日)
わたしの「手の記憶」(2008年8月31日)
メコンにまかせ Vol.006(2001年2月 9日)
生糸と草木染め(1996年3月 4日)
カンボジアシルクの未来のために(2010年5月14日)
ほんものの木綿の布(2010年4月 4日)
朝の珈琲(2010年2月16日)