IKTT
IKTT :(クメール伝統織物研究所)森本喜久男

突然のスコール

突然のスコール3時を過ぎたころから、突然スコールが、雷も聞こえる。

今日は朝から、男連中と伝統の森の中の道路整備をしていた。雨季が始まるとかならず、地盤沈下じゃないが、ぬかるみになる場所がある、そこに大きな砕石をいれ固めてやる。毎年のことなのだが、これをやらなければ、道が道でなくなってしまう。

そして、砕石を運んできた大型ダンプがぬかるみに入り立ち往生してしまった。道路の部分は毎年砕石をいれ補強してきたが、それ以外の住居部分の土地や畑道は、砕石を満載した大型ダンプの重みに耐えられない。やっと、ダンプカーが抜け出して、一息ついたときのスコールだ。もう雨季も本格化して、ほぼ毎日降るようになった。恵みの雨、おかげで森の桑の木は元気にすくすく育っている。

いっしょに作業をしていた男連中と、しばしの雨宿り。みんなスコールに濡れずぶずぶ。でも、こんな激しい風とスコールに揺れるバナナの葉を見ながら、気持ちがいい。今では、各家の軒下に1メートルほどの大きなセメント製の壷が置いてある。激しいスコールのおかげで満杯になっている。これは、降る雨を貯める大切な備品。井戸水にはすこし鉄分があり、きれいな雨水がやはり最高。みんなの、大切な生活用水になる。

自然の染料は、水の質にストレートに影響を受ける。鉄分が多ければ、自然と鉄媒染と同じ効果が出て、渋い色になる、明るい色を染めたいと思っても染めることができない。昔、染屋さんが水のきれいな川のそばで仕事を始めたという理由も納得できる。だから、伝統の森でも、染める色により、井戸水、沼の水、雨水と使い分けている。

ラックのような鮮やかな赤で染めるときは、雨水、それがないときは森の一番きれいな井戸から水を汲んでくる。でもこの井戸も、そんなに水量がないから、貴重な水。だから、この時期の雨水はほんとうに恵みの雨となる。

昨日、シエムリアップの隣の州でイグサを編んでゴザを作るプロジェクトをすすめるNGOの人たちが、化学染料ではなく自然の染料で染めたいからと見学に来られた。彼女たちの村には、大きな沼があるらしく、その沼の水を使って自然の染料を使うことを薦めた。化学染料の廃液をその沼に流すことは、環境に決していいことではない。しかし、自然の染料ならばその心配はない。その土地の、その水でしか出ない色というものが逆にある。それは、他の土地で出そうと思っても、出せないもの。

IKTTの自然の染料の色帳を見せると、やってきた彼女たちは、しばらくそれに見入っていた。自然のすべての植物には色がある、といってもその中でもずば抜けて美しい染材がある。なかでも、ラックの赤や藍のブルーが人気で、目を引く。でも、身近で手に入りやすい染材で染めることを薦めた。カンボジアの村であればどこにでもある、椰子の実できれいな赤味の茶色が染まる。ベニノキのオレンジ、これも手に入りやすいもの。そして、アーモンドの葉で黒や黄色も染まることを説明した。カンボジアの学校やお寺には必ずこのアーモンドの木があるもの。大きな傘のような形をして、みんなに日陰を提供している、見慣れた木。

タイ時代、インド人の染織デザイナーの女性がわたしの作業場にしばらく滞在していたことがある。染織のミラクルワールドのようなインドでも、自然の染料の知恵や経験は消えかけている。そしてやはり、代々家伝として伝えられてきたその技法は、他者に属するデザイナー女史には高い壁。そんなわけで、自然染料の勉強のために、バンコックのわたしのもとに。わたしはいつも、来る者拒まず、去る者追わず、で壁は低め。

そんな、彼女にアーモンドの葉でこんなきれいな黒が染まると話しながら布を見せた。そして、実際に染めてみた彼女も感心しながら、でもインドではとてもポピュラーな木だけれども、この木で黒を染めることはできないと、彼女は言う。なぜか、それはこの木の実、じつは大切な香料の原料として使われているから、だと。貴重な香料になる木を切って染めるなど、とてもできるはずがないと、そのとき嘆いていた。

手作りのゴザ製作に励む村人といっしょに、NGOの日本人スタッフの方も一緒に来られた。話の中で、自然の染料は染めるごとに色が変わるから商品にするのが難しいと、言われた。そんな「常識」のようなものが、一般的に自然染料に対してある。自然染料だから色が落ちやすいということも同様。でも、それは間違い。

いぜん、東北タイの村で織った手織りの布を、後染めして日本のアパレルメーカーに納めていたことがある。毎日、まいにち椰子の実やアセンヤクの木で同じ色を100メートル、200メートルと染めていた。一枚の布は約20メートル。だから、月に何千メーターと染めていた。並べて比べると少し色に幅があるが、基本的には同じ色といえる。それは、技術だとおもう。自然の変化の中で、なおそれを越えながら色を合わせる技術なのである。

染めた布は、日本の染織試験場で堅牢度のテストもお願いし、商品として通用する3級以上、ものによれば5級という最高位の結果も頂いた。そんな経験があるから、自然の染料は色落ちがするとか、同じ色に染まらないという常識は、間違った常識だと思っている。昨年訪ねた、フランスのリヨンの織物博物館。そこに展示してあった、3世紀のエジプトの布は、描かれた写実的な魚の模様とともに不思議な美しさを放っていた。わたしは、その布の前で、しばらく立ち止まらざるを得なかった。

ゴザの自然染料を目指す村人たちと、自然染料の特徴や難しさ、そしてその良さを説明しながら、「でも一番大切なことは、心なんだよ」と話していた。「技術や経験も大切だけれども、良いものを作りたいという気持ちがなければ、良いものなんて出来っこないんだから」と念を押しながら。

そんな手で物を作ることや、自然の染料や素材。そして、カンボジアの豊かな村の伝統の知恵や環境の大切さ。そんなことを、書いたわたしの文章をいまクメール語の小冊子「森の知恵」にまとめ、出版しようとしています。その出版のために、みなさまにご助力を、いまお願いしている。さいわい、すでにご寄付のお申し込みも頂くようになった。村からやってきて、わたしの話を一生懸命メモっている、そんな人たちに、ぜひわたしは、このクメール語の小冊子を届けたい、読ませてあげたいと、話しながら思っていた。

みなさまにクメール語小冊子出版のためのご寄付をいただけること、ここにあらためてお願い申し上げます。


森本喜久男

更新日時 : 2009年7月22日 17:52

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