IKTT
IKTT :(クメール伝統織物研究所)森本喜久男

バンクーバーへ

 布を担いでの、行商の旅。

 出発は、明日に迫っている。カナダのバンクーバーは、気温10度前後、32度のシエムリアップから行くのだから冬服の支度がいる。もちろん初めてのカナダ、不安もあるし期待もある。知らない土地に行くとき、いつもそうだけれども、そこであらたに出会うであろう人との楽しみがある。そしてその風土。

 風土といえば、日本の地方の街に行って展示会の会場で、布を買いに来ていただいた方の、たとえばお母さんと娘さんがその土地の方言で話されているのを聞くのが好きである。方言というのはとても大切なように思える。それは、その土地の風土や歴史の中で培われてきたものであり、言葉はそれを体現しているように思えるから。風土という、自然のなかで生まれてくる布作りに携わりながら、あらためてそれぞれの土地ということを思うようになったのかもしれない。

 11月の後半には、恒例の日本への旅が控えている。98年の秋に、京都の法然院でご住職のご好意で、展示即売会をさせていただいた。それがきっかけで日本への行商の旅は始まった。97年から98年にかけてIKTTは「冬の時代」と呼ぶべき、財政的に大変な時期にあった。そのとき、織り上げた布の展示販売をすることで、危機を乗り切ることができた。それは、IKTTの活動の自立への自覚という、わたしの意識転換のきっかけを与えてくれたときでもあった。そして、布を買っていただく方は、IKTTのサポーターと考えるようにもなった。早いものでもう今年で12年目を迎える。

 昨年は、フランスで、パリ、リヨン、ツールーズと三度、展示会を開催することができた。それ以前にも、ワシントンDCやシアトル、そしてマサチューセッツの小さな大学のある町で。ハワイのホノルルにあるイーストウエストセンターでも。そして、ドイツのハノーバー。

 今年は日本以外では、このカナダ行きが初めてになる。来年になるが、オーストリアのウイーンの美術の先生たちによる企画も少しずつ動き始めた。お声がかかれば、どこにでも布を担いで出かけていく、寅さん。

 今回のバンクーバー行きは、現地のマイワという会社であり財団でもあるところから、連続シンポジウムへの参加として声をかけていただいた。詳しくはぜひマイワ(MAIWA Handprints Ltd.)のWebサイトを訪ねていただきたい。約二か月間にわたって開催されるこのシンポジウムとワークショップのタイトルは「すべての糸には物語がある(Every thread has a story)」。世界中から、手織りや手染め、刺繍やパッチワークなど手で作る布にかかわりながら仕事をしている人たちが集まってくる。

 布には、その布が生み出されてくる土地の、風土や歴史、民族や宗教が体現されている。だから、布をとうしてそんな人々の生活が、世界が見えてくる。カンボジアの布には、それを生み出してきたクメールの人々の風土や歴史が、そして宗教が体現されている。それは、言葉の方言と似ている。何千年という時間を経ながらも、頑としてある方言や異なる言語。それは、布も同じである。それは、自然という風土の多様性による。そして、片方に歴史には風化していく伝統の布とおなじように、消えていく方言や言語、民族もある。

 布を追いかけながら、25年を越える時間を東南アジアの多様な社会のなかで過ごしながら、そんな風化していく伝統や布とも出会ってきた。そして10年という単位で、実際にその現場に居合わせてもきた。一般的に布を作るという行為の基本は経済活動、オンデマンドにつきる。それは、生活でもある。だが経済活動といっても、それは5年、10年単位で動いているものもあれば、50年100年単位で変化しているものもある。だから、布を作る村びとの未来も、決して順風満帆ではない。歴史のいたずらもときに訪れたりして、波乱万丈なもの。

 昨日も、フランス人の民族学者が訪ねてきた。来年の予定で、ホノルルにあるイーストウエストセンターでチャム族の展示会があり、そこで展示するチャム族の布をIKTTのコレクションから借りたいという申し入れのために。彼女とは、2003年にシエムリアップで、IKTTとCSK(センター・フォー・クメールスタディーズ)とで共同主催した「カンボジアの伝統織物における、クメールとチャムの融合」をテーマにしたセミナーを手伝ってもらってからの知り合いで、世界でも数少ないチャム族の研究者。

 15年前にわたしがチャム族に興味を持ち調べ始めたころ、世界中でも数人の研究者しかいなかった。本来は、チャム人のなかから、自らの民族の歴史や文化を研究する人が出てこなくてはならない。

 チャム族は、現在の中部ベトナムに2世紀から16世紀までの長きに渡りチャンパ王国を作ってきた人々の末裔である。信長の時代に伝えられた有名な沈香、そして古くは雅楽もこのチャンパから日本に伝えられたもの。しかし、16世紀末に南下を続けるベトナムのキン族に破れ、チャンパ王国は滅亡。しかし、この東南アジアには、各地に飛散したチャム族の足跡がある。カンボジアにもいまも多くのチャム人が暮らし、なかでもコンポンチャム州にはいくつかのチャムの村がある。コンポンチャムの名前の由来も、マレイ語系の港町をさすコンポンとチャムがあわさったもの。

 コンポンチャム州のチャムの村でも、手織りの布は織られている。わたしがよく訪ねていた15年前には、チャム独特の柄の絣布も織られていた。しかし、最近では以前ほど盛んではなく、一般的なカンボジアの絣柄が主で、チャム独特の図柄のものは織られなくなっている、と訪ねてきた民族学者は嘆いていた。

 わたしの手元にあるチャムの布は、当時、村で織っていた布を譲ってもらったのだから、新しい布。でもよく考えれば、もう15年前の話で、それも何度かファッションショーで使ったりもしているから、決して新しい布とは呼びにくいものになってきている。それらの布は、一枚は大きな孔雀模様、もう一枚は生命の木など、ともにチャムの人たち特有の美意識による大胆な図柄のものである。

 IKTTには、活動を始めたころから現在まで、機会があれば古い布の収集に努めてきた。古い布は、織り手にとっては大切なテキストであり、先生といえる。その布から、新しい伝統の布を作り出すことができる。何枚かのほんとうに貴重な布もある。訪ねてこられた方に、その一部をお見せする。それは、カンボジアの伝統織物の深い世界に、実際に触れる機会になる。博物館であればガラスケースに入っているような布を、実際に手にとって見ることができる。触らせたらだめですよ、と注意する人もいる。でもわたしは布も命あるもの、いつか朽ちるときがあってもいいのではないかと思っている。

 そんな古い布を見ることもかねて、いま「伝統の森」に世界中から人が訪ねてこられるようになった。少し前には、布作りの本家といえるインドの織物協会の代表の方も訪ねてこられた。そのとき、古い布のなかにある一般的に専門家の間でもインド渡来の布といわれている布をお見せしたとき、彼女は、はっきりとこれはインドではないといわれた。それは、わたしが思っていたことに重なる意見だった。布の由来や出自を探ることは容易でないことも多い。そんな世界中の研究者と意見を交わしながら、カンボジアの古い布たちの出自を探すことも大切な仕事。

 来月はじめには、アメリカのスミソニアンの学芸員やメンバーの方たちが訪ねて来ることになっている。古い布だけではなく、伝統織物が生きた姿で生活のなかで生み出されている、その現場である「伝統の森」を見学に来ていただける。12月には、タイのテキスタイルソサエティーのメンバーの方たちの来訪も予定されている。世界中の、わたしがテキスタイルラバーと呼ぶ、布好きの人たちのネットワークの中で、IKTTの「伝統の森」が知られるようになってきた。

 もう一つのネットワークでもある、自然の染料にたいする思いを持っている人たち。そのなかでも、IKTTは重要な役割を果たし始めている。先日も、フランス人の若い夫婦が、じつはお母様が自然染料の研究者で、ある使命をもって訪ねてこられた。自然染料のなかでも、藍は重要な役割を持っていた。しかし、多くの国でその伝統は風前の灯である。そして、お母様からの使命とは、なんとカンボジアの藍の種を持ち帰ることだった。藍の種といっしょに、泥藍の2年もの、いまわたしがローケツ染に使っているものも小瓶に入れてお渡しした。

 そして最近新たに生まれ始めているネットワークは、森と暮らす、自然の循環系をいかした生活のあり方への関心と、そこで布という、手で物を作ることで生計を立てている「伝統の森」への関心に根ざすもの。そんなIKTTの活動に関心をもって訪ねてきていただく方が増えてきた。たとえば、ドイツやフランスから。ヨーロッパの人たちは、古くから工芸で村が起こり、それが町になる、そんな歴史を大切にしてきているように思える。

 自然という風土、その中で人が生きる。そのことを基本に据えながら、これからの「伝統の森」での活動を考えている。

 バンクーバーへの旅、そんなことに思いをめぐらしながら担いでいく布を選び始めた。

更新日時 : 2009年10月16日 07:33

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