IKTT
IKTT :(クメール伝統織物研究所)森本喜久男

カナディアン・イングリッシュ

 バンクーバー・ミュージアムでの講演を終えて、お前のプロジェクトはビューティフル・プロジェクトだ、と200人を越える参加者の方々から、お誉めの言葉をいただいた。たくさんの質問に答えながら話し終えて、挨拶をしたあとで拍手をいただき、もう一度簡単なお礼の言葉を述べた。そうすると、会場にいた人たちが立ち上がり、もう一度盛んな拍手が。その、会場の盛り上がりに、私自身が感激してしまった。

 戦争の中で失われかけようとしていた伝統織物の伝統を蘇らせながら、多くの貧しい村人に生活のための仕事を提供してきた。そして、世界でも有数の絹織物を再生させるために必要な自然環境、そして生活としての村をも再生する。そんな、プロジェクトへの高い評価と声援の拍手なのだと思えた。

 決して平坦ではない、IKTT「伝統の森」プロジェクトの実行のための強い意志を、その拍手に答える意味でもさらに達成していきたいと、そのとき改めて思った。会場でのわたしの紹介では、なぜかカンボジアのインディ・ジョーンズというたとえをされた。最近どこかの、英字の雑誌にもそんな紹介が載っていたのだが、そんなかっこいいものではない。でも、荒地を開墾し、畑や道をそして村を作り、走りながら考える日々をすごしてきた。

 今回、バンクーバーでの講演で、最初にテキスタイル・ラバー、そう、布を愛する人たちがここに集まっておられ、その存在と出会えたことがとてもうれしい、そんなことから話はじめた。

 それは、なぜか会場には布を包む不思議な熱気があったから。でも、外の気温は10度前後。わたし以外にも、インドのベンガルで藍染めの布作りをする人。南米の編み物の村を回る人。そして、カルカッタの工芸組合の人。インドのなかのチベットといわれるラダック地方のカシミヤの生産者を紹介する研究者など、いろんな人たちが、それぞれの糸にまつわる物語を話し、それに耳を傾け、質問し議論する人びと。そんな人びとの存在が、わたしにもとても新鮮で、本当に布を愛する人びとの集まりなのだと実感させた。

 そして、翌日のマイワ・ギャラリーでの布の展示会に、平日の午前中にもかかわらず、多くのかたがたが足を運び、あわせ布を購入していただいた。おかげで、持参した布はほぼ完売。そこで出会った方々からも、昨夜のお前の話を聞いて、わたしはインスパイヤーされた、といわれ続けた。

 インスパイヤー、霊感を受けた、そんな話し振りだった。わたしは、霊媒師ではない。でも少しでも、いまIKTTが進めている事業への理解者がこのカナダにもでき、広がっていくようになればと思った。わたしが滞在中にも、数人の方が、年末や年明けにシエムリアップに行くから、必ずおまえの「伝統の森」の村を訪ねるから、と声をかけていただいた。

 そしてその翌日。朝10時から夕方4時まで二日間、町の入り江を挟んだ北側にある、マイワのインテリアショップに併設されたスタディオで、自然染料の実習のクラスを持った。わたしの、自然染料のトップシークレットを聞き出すために集まった16人の受講生。なかには、アメリカのニューヨークやシアトル、サンフランシスコから参加した遠路3人組もいる。同じバンクーバーのブリティシュコロンビア州なのだが、600キロも離れた町から9時間かけて車を運転して来てくれた高校の美術の先生など、みんなとても熱心だった。

 トップシークレットと言うほどに大げさではないのが、自然の染材で染めること、それは自然を色にするということで、基本はその自然といかに向き合うかということに尽きる。IKTTの染織の仕事は、マニュアルがないのがマニュアル。何グラムの糸を何グラムの染め材で、何分みたいなものはない。基本はあったとしても、自然は、季節によってそのときどきで変化するもの。それを知り、それを見極める能力を養うことから始まる。そして、その変化する自然をどう色にするのか。そして、いい色を染めたいと思ったらじつは土が大切なんだと、そんな話をしながら始まった。染色の仕事は、ほんとうにおいしい料理を作るのと似ている。

 カンボジアから持参した染め材、プロフーの樹皮を煮込んで、ハンカチサイズのカンボジアシルクの布地をまず黄色に染める。薄いクリームのその布地を見て、参加者は染めないでその生成りのままがほしい、といわれてしまった。でもめげずに、黄色そして鉄媒染で緑に、と簡単な絞り染めをやる。絞りという言葉は、すでにインターナショナルに通じる。ちょうど、少し前にフランスで国際絞りシンポジウムが行われていたはず。日本のローケツ染めとともに、いまでは世界の共通語として歩き始めている。

 そして二日目は、その絞りで黄色と緑に染められた布に黒を重ねていく。この黒の染め材はミロバラン。この有名な染め材の木をタイの村で、そばの森ではじめて見つけたときは、少し感激した思い出がある。そして、熱帯樹図鑑から、その仲間のインディアン・アーモンドの木を見つけ、染め材として使いはじめた。ミロバランは森の中で限られた染め材。しかし、インディアン・アーモンドは、この東南アジアではとてもポピュラーな木で、公園や街路樹などによく利用されている。同じようにきれいな黒が染まるので、いまではIKTTの定番の染め材となり、「伝統の森」にもたくさんの木を種から植えてきた。

 使用したミロバランや鉄媒染など、すべてマイワの素材ショップで販売されていた。素材ショップには驚いたことに、わたしが愛用している日本製のローケツ用の筆や硬い刷り込みようの特殊な刷毛まで売られていた。あらためて、日本の伝統の技といえる筆など道具類のクオリティーの高さを知ることになった。

 今回のシンポジウムの主催者のマイワは、とてもすばらしい仕事をされている。機会を得て訪ねることができて、そこに集まる人たちと出会えたことが、今回のわたしにとって、とても大きな成果となった。糸や布、そして染めや織り、木や鉄などの工芸も含めた素材や道具。そして、世界中のそんな仕事をしている人たちとのネットワーク。それを販売する仕事をしながら、それを支えることを含め、そして、それをあらたに創造していく、そんな仕事をされている。単純に、それを目の前にして驚いた。実際に、これだけ広い範囲をカバーしている店や団体は、世界広といえどもないのではないだろうか。

 できあがったものを売る、フェアトレードという世界がある。でも、わたしは、それに対して何がフェアなトレードなのかと問うてきた。村びとの、生産者の持つリスクを、本当に一緒に背負うつもりがあるのかどうか、という問いでもある。マイワは、ほんとうにものづくりに励む人たち、それを支える人たちのネットワークである。

 講習会では、絞りそのものの括り方技法での模様の出し方よりも、自然の染料で媒染材によって色が変化することと、一度、絞りで柄を作った上にもう一度色を重ねて染めることでの柄の変化を体験してもらいたかった。一次元から二次元というふうに、染め重ねていくことで現れる変化。絣、絞り、そしてローケツという、それぞれに共通した"防染"という染めの世界の深みのようなもののサワリである。わたしの講習会の翌日からは、フランスからこられた方が、ヨーロッパの伝統的な藍であるアブラナ科のウォードの染色講習会をされていた。しかし、バンクーバーの水質が硬水のため、苦労されていた。あらためて、水の大切さを知る思いだった。

 じつは、わたしの受講生の中にバンクーバー在住30年という日本人の女性、Mさんも入っていた。彼女は、主催者でもあるマイワのスタッフでもあり、わたしの染色実習を英語世界でのコミュニケーションの手伝いもかねて主催者の気遣いでおられたように思えた。ありがとうございます。

 でも、講演もそうなのだが、ぶっつけ英語で話すというのがわたしの常。といっても、わたしの英語はいわゆるストリート・イングリッシュ。海外で生活しながら覚えた英語。さすがに最近はないが、以前は話している途中でアクセントの訂正を入れる、ブリティシュ・イングリッシュの本家の女性とかに遭遇したりしていた。

 みんなと話しながら、会話がシンプルで英語がとてもわかりやすい。不思議に思ってMさんに訊ねてみた。それは、もともと英語を母国語ではない人たちがこのカナダにはたくさん住んでいるから、自然とそういう風になったのではないかと。

 カナディアン・イングリッシュ。同じような経験を、20年ほど前にシンガポールで体験したことがある。シンガポールも中国系やインド系、そしてマレイ系、と異なる人種の人たちが一緒に暮らしているところ。そして、共通言語が英語の国。それは、カナダと似ているのかもしれない。

 でもその英語は、厳密な意味でのマザー・ランゲージではない。コミュニケーションとしての言語。染色実習の参加者にも、フランスなどのヨーロッパやインド系、そして日本人といろんな人たちがいた。バンクーバーの州の名前にあるように、イギリスやヨーロッパからの移民の人たちがつくりあげてきた国でもあるカナダ。そんないろんな出自をもつ人たちが、布という風土や伝統が擬縮されたものを通して繋がっている、そんな布好きの人たちがたくさんいるカナダ。そんな人たちと、出会いながら、紅葉に暮れるバンクーバーの町を満喫させていただいた。

更新日時 : 2009年10月26日 07:38

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