テキスタイル・ラバー
世界のあちこちに、織物に対してとても熱心な人たちがいる。研究者もいるがディーラーであったり個人のコレクターであったりと、その仕事や興味はさまざま。彼ら彼女たちのことを、わたしは敬意を込めてテキスタイル・ラバー、布を愛する人たちと呼んでいる。
布が価値のあるものだと理解されるようになったのは、そんなに古い話ではない。古美術愛好家の間でも、古布だけのコレクターは限られていた。陶磁器や青銅器などを集めている人たちが「ついでに」という感じで集めていたようにも思える。もちろん、限られたなかには、とても布好きの人たちはいたのだが。
考古学の世界でも布が大切な対象になるのは最近の話なのではないだろうか。以前は、発掘された埋葬品の上につく「埃」だと思われ、刷毛でさらさらと落とされていた。でもそれが、エジプトのミイラを包んでいた布のように、炭化した何千年前の大切な埋葬品を包んでいた古布であると認識され始めたのは、つい最近のこと。
今では、考古学の一分野として理解され、その研究者も現われ、古い時代の織物への理解と解明が数段に進歩し、いままでの織物の歴史の「常識」の多くが、あたらしい発見とともに塗り替え始められている。
先日のバンクーバーでの講演でも、そんなカナダの布好きな人たちの集まりに呼んでいただいたことへの感謝の気持ちを込めて、テキスタイル・ラバーの皆さんとお会いできてうれしいという話から始めた。伝統の布という、それぞれの地域や風土、民族や宗教、そして歴史、そんなものが擬縮されている古布の世界。そして、その知恵を現代へと受け継ぎ、織られている布たち。それを、愛する人々がこのカナダにたくさんおられる。それは、カナダという近代の多民族国家の生い立ちと重なるように、思えてならなかった。
そんな世界のテキスタイル・ラバーが目を通す雑誌のひとつに『HALI』という世界の織物や絨毯を扱う、イギリスはロンドン発信の雑誌がある。世界的に著名なオークション情報なども載っている。その最新号(no.161 WINTER 2009)にIKTTの「伝統の森」が紹介された。記事のタイトルは"WISDOM FROM THE FOREST"とそのまま。アンティークなテキスタイルを扱うディラーや美術館など少し専門の人たちの業界誌。しかし、残念ながらまだ手元には届いてはいない。
この雑誌を知ったのは、もう15年も前になる。ちょうどカンボジアの織物調査を始めた頃、バンコックにいる知り合いのアンティークディーラーのKに見せてもらった。この雑誌は手に入らないからと、わざわざカラーコピーをくれたりした。
そこには、すばらしいカンボジアの絣の世界が特集されていた。何点かは、もちろん始めて目にするもの。なかでも、ナーガという蛇の神様を基調のモチーフにした、ダイナミックな布に圧倒された記憶がある。寺院とナーガ、そして生命の木。これらが、ピダンと呼ばれる天蓋布、カンボジア独自の布の世界に描かれている。それはそのままカンボジアの人たちの精神世界でもある。
いま、それから15年という歳月を経て、復元と活性化に取り組みながら、わたしは「伝統の森」という本来のカンボジアの伝統織物の故郷のような村づくりに取り組みながら暮らしている。けっして、まだ100年前のカンボジアの織り手たちが生み出してきた、すばらしい世界を再現できているとはいえないが、その一歩か二歩手前までたどり着くことができたように思う。
今年の初め、旧知でもある『HALI』の編集者が、「伝統の森」に訪ねてきてくれた。そして、彼はIKTTの活動とそこで生み出されている布に賛辞を惜しまなかった。そして彼は控えめに、自分ができる協力は、「伝統の森」を雑誌に紹介することだと言ってくれた。そして、それがいま実現した。この雑誌は、主に古布やアンティークな絨毯などを紹介するもの。そこに、現在進行形のIKTTの活動と布が紹介されたことはとてもうれしい。本当に、感謝。
更新日時 : 2009年11月 6日 06:44