IKTT
IKTT :(クメール伝統織物研究所)森本喜久男

布が結ぶ人と人

 日本への行商の旅に出る数日前、シエムリアップのショップから電話がかかってきた。知り合いのオーストラリア人のGが訪ねてきてくれていた。電話の向こうでGは、時間がないので「伝統の森」にまではいけないのだがと謝りつつ、チェンマイで20年前に買った木綿の布を持ってきた、それをお前にプレゼントするから受け取ってくれと言う。

 20年前の木綿の布、不思議な感じがした。Gはカンボジアの伝統織物の研究者、すでに2冊の本を書いている。最近の著作には、IKTTの絣布(ピダン)も紹介してくれている。大学生になる娘さんは、わたしの英語版の著書『Bayon Moon』を読んで、IKTTの活動に興味をもち、ファンになったよ、と、彼女から聞かされたことがある。

 翌日、シエムリアップのショップで、その包みを開けて驚いた。なかには、茶色が基調のざっくりとした木綿の布が入っていた。布を見て、それが何であるかすぐにわかった。チェンマイのセンダーばあさんの布である。布と一緒に、彼女が20年前にセンダーさんを訪ねたときの写真と、メモが入っていた。

 その小さな紙には、この布はおまえの『Bayon Moon』のなかで「今その布は手元にないが、わたしの記憶のなかに彼女の仕事がマスターピースとしてある」と書いていた布だと思うが、20年前にわたしがチェンマイの工房を訪ねて購入したもの、これをお前にプレゼントする、と記されていた。

 タイ、カンボジアと25年もの間、あちこちの村を訪ね、数多くの伝統の織り手たちと出会ってきた。そのなかでも別格の、わたしにとっては木綿の布を染め織るうえで多くのことを学ばせていただいた、今は亡くなられたセンダー・バンシットさん。いつも、手紡ぎされた木綿の糸の山の中で幸せそうに座っている彼女の姿が、強烈にわたしのなかにある。10年ほど前に亡くなられたあとは、人間国宝となられたセンダーさんの織った布はタイでは国外持ち出し禁止になっていると聞く、そんな布である。

 急いで染めた色は急いで落ちる、そしてゆっくりと染めた色はゆっくりと落ちていく。藍染めに携わりながら、何度も色を重ねていくなかで、少しづつ深みを増す藍の色。ときに、半年ほどの時間をかけて染めていく。その、ゆっくりと染めるというきっかけを貰ったのはセンダーばあさんから。彼女の工房を訪ねたとき、これは去年染めたもの、これはまだ半年しかたっていないんだ、といいながら、深みのある色に自然の染料で染められた糸の束をわたしに見せてくれた。

 この束は2年目、そろそろいい色になってきたからこれで次に織ろうと思っている、と嬉しそうに話していた。最初は、わたしも2年と聞くだけで驚いた。しかし、私自身が木綿の糸を染めるようになり、なかなか染まりにくいことに苦労しつつ、その一方で染めて数年、ときに3年、5年と時間を置いた糸が、染めたときより深みのある色に変化していることに気づいたとき、センダーさんの話していたことの意味を知った。そして、それをより深く理解するようになったのは「伝統の森」で藍を染めるようになってから。急いで染めた色は急いで落ちる。それは染色の核心といえる。

 季節の移ろいや月の満ち干き。自然の時間の流れのなかで、自然を色にする。植物から摘出した色を布に糸においてやる。それは、自然の色が、布や糸になじむために必要な時間でもある。そんなことを学んできた。

 ちょうど今日、そんな出会いの経験のある、タイからの訪問者がやってきた。 タイテキスタイルソサエティのメンバー12名。「伝統の森」で、昔ながらの材料や手順で布ができていくことを説明しながら、聞き入っていた参加者たちから、何度か驚きの声が。それは、たとえば生糸の精練にバナナの灰を使っていること、そのために何人かの女性が、町の市場のゴミ捨て場から拾ってきたバナナの実の幹のところを細かく裂いている。それを乾かし、燃やして灰を作る、そんな作業を見ながら。そして、絣の柄を括る紐に、バナナの繊維を使っていることなど。

 タイだけではなく、カンボジアの織物産地でも、今では、当たり前のように化学薬品やプラスチックの紐に取って代わられている素材の一つひとつを、昔ながらのやり方で作っていることへの驚きだった。それは、布を作り上げる素材への見直しでもある。素材は市場から買ってくればいい、ということではない。どこで誰が作ったかわからないものではなく、自分たちで、その素材から作る。それは、最終的にはできあがった布のクオリティとなって表れる。

 だから、単に昔のやり方がいいという一般論ではなく、確実にそのことに意味がある。それは、布の風合いとなって表れる。何百年、何千年と受け継がれてきた「人びとの知恵」なのである。

 そして、いい藍色を染めたいと思えば、じつは藍の木を元気に育てるためのいい土がいる。そのために牛を飼い、その糞から堆肥を作っている。染色だけではない。生糸を生み出す蚕の食べる桑の葉も同じ。桑の木が元気に育つにも、いい土がいる。それは綿の木も同じこと。つまり、染めや織りの仕事の基本は、じつは土なんだ。いい布を作りたいと思えば、いい土がいる。だから織りの基本は農業なんだ、そんな説明をした。タイテキスタイルソサエティの人たちは、これまでいろんな織りの現場を訪ねてきたけれども、そんな話を聞いたのは初めてだとなかば驚きながら、でもその理由に納得してくれていた。

 わたしのそんな、これまでのカンボジアでの伝統織物を復興する仕事に対し、タイテキスタイルソサエティの人たちから名誉会員の資格を贈られた。とてもうれしく光栄に思う。そんなタイからの訪問者に、IKTTの持っているカンボジアの古布をみていただきながら、カンボジアの布の世界の話をさせてもらった。

 そんな、いまでは貴重なカンボジアの古布とともに、Gがわたしにプレゼントしてくれた、大切なセンダーさんの木綿の布を、いつか建設予定の「伝統の森の布ミュージアム」に展示したいと思った。

 ゆっくりと染めてやることや、元気のいい土がいること、それは、自然と人のかかわりとでも言える。布は、森の、そして自然の恵み。それは、土と水そして太陽という自然の循環と切り離すことはできない。だから、本当の自然のなかから生み出された色や布には、命がある。そんな気がしている。だから、まとうと温もりがあり、元気が出る、そんな布がいま「伝統の森」でできはじめている。

更新日時 : 2009年12月13日 07:31

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