ポジティブ思考のすすめ
わたしは、自分自身はポジティブ思考だと思っている。そして、つねにそうありたいとも思っている。
とても厳しい状況におかれたとき、その状況からさらに落ちていくと思うか、もうどん底なのだから後はあがるしかない、と考えるのでは、当然のことながら次のアクションが違ってくる。だからそんな状況に置かれたとき、わたしはつねに「今がどん底で、後はあがるしかない」を選ぶ。
雨季、通り雨の後のアンコール・トム、バイヨン寺院に向かう参道が好きだった。雨上がりの、樹齢百年を超える樹木に囲まれた参道を、よくバイクで散歩していた。しかし、残念ながら、以前のようなヒヤッとした冷気を感じさせる森林浴の気分は最近味わえなくなった。
数年前のある日の夕方、アンコール・トムの南大門で、前を走っていた車が、急に止まった。自分も急ブレーキを踏んだ。が、そのまま転倒。ちょうど雨上がり、砂地と雨がスリップしやすい状況を作っていた。乗っていたバイクは、オフロードタイプの少し大きなもの。その重さを、瞬間の状況の中で支えられずに転倒。以前なら、そのぐらいのアクシデントだと体力でカバーできていた。
やはり少し歳を重ねて、体力と瞬発力の退化が、と思った。それ以来、大型バイクでのドライブは控えるようにした。そのとき、転倒しながらとてもリアルにバイクが倒れ、肩、そして顔と地面と順に接しながら、そしてメガネが飛んでいくのを覚えていた。それは、不思議な体験。これまでにもバイクの事故を何度か経験してきたが、さほど大きな事故とは言えない状況のなかでの記憶。
しかし、その記憶がわたしに、お前はいつ死んでもおかしくない歳になったのだから、少しは、そんな準備をしておけよ、というアンコールの神々の声のように思えてきた。それを期に、それまでわたしの責任で動かしていた仕事を、思い切って育ちつつあるカンボジア人のスタッフに任せるように、ときには丸投げするようになった。基本の人事権なども。それから数年、今ではその成果が確実に出てきている。
その一人、「伝統の森」の村長さん役のトール氏、先日も商業省が主催するシルク関係者の集まりに出て、一席ぶってきた、とうれしそうに報告してくれた。以前ならば、わたしも出ていたが、今では、そんな会議も彼らに任せていけるようになった。相手が、大臣であろうと遠慮なく、自分の活動を自信を持って話せる、そんな彼を見ていてうれしく思う。それも、バイク事故のおかげかもしれない。
転んでも、ただでは起きない。何かをつかんで、次にプラスにしていく。それが信条でもある。
つい数か月前にも、洪水に見舞われた「伝統の森」で、濁流の中に腰までつかりながらも、そのときも濁流が来たおかげで、と考えている自分がいた。不思議なものである。
苗木が育ち始めたばかりの藍畑は全滅、すべて濁流に洗い流されてしまった。でも、わたしが言うまでもなく、すぐに新しい苗木を準備し始めた、藍畑のジッちゃん。そして、冠水して壊れた発電機や揚水機などの機械類を修理しながら、「伝統の森」の男たちが元気に働いている姿を見て、うれしく思った。破損した村の中の道路を直しながら、あわせて念願だった道路の整備拡張をすることができた。大変な力仕事、でも男たちは濁流が来たのだからと、と納得しながら汗して働いてくれた。
これは、本当はオフレコなのだが、数年前、ある政府高官の秘書の方が、わたしたちの「伝統の森」の土地に興味をもたれた。そして土地の所有権は誰にあるのか、と迫ってきた。わたしに、カンボジア人の奥さんを貰って、その名義で土地を買っているんだろうと尋ねてきた。残念、ハズレ、なのだが。よくある外国人による土地転がしと勘違いされたようだ。「伝統の森」の土地は、IKTTでの法人登記をし、その上で何人かの主要なスタッフの名前で登記されている。わたし個人の名義の土地はどこにもない。
さらに秘書氏は、アンコール・トム郡の「伝統の森」の事業許可は、いつ誰が出したのか、と食い下がってくる。「伝統の森」の危機だった。
わたしは、説明した。最初に小さな土地を取得、桑畑を始めるために井戸を掘り、何人かが住み始めて小さな家を建てた。そのとき、群役場に家の建築許可を取りに行ったが、普通の木造の家を建てるのに建築許可はいらないといわれた。そして、土地が増え、畑も少しずつ増え、住む人も増え、家も増えた。そして、気がつけば、今のように200人ほどの人が住むようになった、と。
IKTTの「伝統の森」の事業の話を耳にすると、カンボジアでは、プロジェクトの内容よりもその土地に興味を示してくる人が多い。ここ何年も続いている土地バブルの中にいるせいなのかもしれないが。そのときも、危なく土地を取り上げられそうになったような気がする。でも、その仲裁に入っていただいた方がいた。偶然だが、その高官秘書とも知り合いで、直接、直談判していただいた。すべては、よい方向に動いた。仲裁に入っていただいた方は、本当に偶然知り合った方。しかしIKTTの活動や「伝統の森」の事業への理解があり、これまでに何度も「伝統の森」へ足を運んでいただいている。
ちょうど一年前。来るべき金融危機や不況に備え、IKTTのスタッフに「来年は売り上げが半分になるから、みんなの給料も半分しか払えないよ」と冗談半分、本気半分で話したことがある。そのおかげか、今年になって店の売り上げがときに半減してみんなの給料の支払いが遅れても、みんなはそれに備え、笑顔とまではいかないが耐えてくれた。
そして、同時に、来年は布の売り上げも落ちるだろうから、布の生産数は上げなくてもいいから、そのエネルギーをクオリティに注ぐように説明し、図柄などへの具体的な方法を提起した。
それから一年、でき上がりはじめた布に、その成果は確実に現れている。あたらしい布ができるまでに、おおかた一年は費やされるからなのだが。イヤーすごい、すばらしい布ができ始めている。わたしが欲しいと思うほど、布好きの人が見たら我慢できずに買ってしまうだろうな、という布たちである。
不況だからと、落ち込むのではなく、それを乗り超える。そんな方法を模索することも、わたしの仕事。これまで、決して平坦な道ではなかった。ときには、存亡の危機とでも言えるようなことも。しかし、基本はポジティブ思考で過ごしてきた。そのおかげで、ここまでたどり着くことができたように思う。もちろんそれは、周辺でIKTTを支えてくれる多くの人たちがいることで可能になってきたのであるけれども。あらためて、感謝。
更新日時 : 2009年12月14日 08:25