モリモトノート
知り合いの、パリに住むフランス人Eからメールが入った。彼は、フランスの著名な雑誌の編集者で、旅行関係のライターも兼ねている。とくに、日本以外の東アジア、東南アジア地域を担当している関係で、年に何回か出向いてくる。2か月ほど前にもバンコックまで来ていたが、わたしがちょうどバンクーバーに出かけているときで会えなかった。
彼に初めて会ったのは、3年ほど前のこと。シエムリアップにいるフランス人の陶芸家の紹介だった。偶然、とくに約束もなく、ふらっとショップにやってきた。ちょうど、わたしがショップにおり、話をしているうちに、そのまま「伝統の森」を案内することになった。それは、本当に偶然の出来事で、しかし、それ以来の付き合いとなる。
今回Eは、プノンペンで一日仕事をし、翌日の午後、船でシエムリアップまでやってきた。が、明日にはバンコックでまた仕事だという。前回会ったときは、中国に仕事で行った帰りに、時間を作って「伝統の森」まで香港経由で会いにきてくれた。でも、それも一年前のこと。
仕事で、アジア関係の旅行案内などを書いている。しかし、本業の雑誌の記事では書き切れないことを、ライフワークのように、別の出版社から著作として出しているという。彼の手になる最近作は、フランスのフェルト帽子を作る職人の家族を追っていったもの。もう、フランスでもそんな手作りの帽子職人は数えるしかいない。それは、ものづくりの伝統を追うドキュメンタリー。
2年前、わたしがパリで布の展示会をしたとき、彼が昼食に誘ってくれた。そこに同席した出版社に勤める彼の友人が、この男は2枚のジャケットを着ているのだと言って笑っていた。旅行雑誌の編集者という顔ともう一つ、ライフワークとしてのノンフィクション作家としての顔。日本でいう、「二足の草鞋を履く」と同じ意味のようだ。
その男性が、彼の著作を出している出版社の人だった。そのとき、Eがわたしのことを本に書きたいと言ってくれた。わたしの英語版の著書「Bayon Moon(バイヨンの月)」を読んだらしく、それをもとにインタビューを含めてあらたに本にしたい、と。そのために、わざわざ出版社の男性が同席しての食事に誘ってくれた。
その翌日、Eはわたしを夕食に誘ってくれた。今度はパリ郊外の彼の自宅に、である。そこで彼は、おじいさんが作ったという装飾のある小さな本棚を見せてくれた。彼らはイタリアからの移民で、家族は代々の家具職人だったらしい。彼の家の周辺は、以前は路地裏まで、そんな家具職人たちの仕事場になっていたらしく、そんな職人の世界で子どもの頃から暮らしてきたという話をしてくれた。それは、わたしの仕事に興味を持ち、本にまとめたいと思った動機についての、彼なりの説明でもあった。
彼の手には「モリモトノート」がある。小さな字で、わたしと会ったときに話した内容が書き留められている。それ以外にも関連の資料やインタビューをしてきたようだ。今回も、いろいろな話をしながらページが増えていく。
わたしが「テキスタイルラバー」と呼ぶ、世界の布好きの人たち。カナダにはそんな布好きな人たちが多いのだと、先に訪ねたバンクーバーでの出来事も彼に話した。他の国を訪ねた時よりも、バンクーバーでそれを強く感じた。そのことは、じつは、カナダという移民の人たちによって作られた国に由来している。共通語としての英語を話しながら、しかし、それぞれの家庭では、母国語での生活も大切にしているのだろうと思える。
伝統的に作られてきた「布」は、その布の作り手たちの民族や風土といったアイデンティティを表現する。そんな布が発する、香りとでもいえばいいのだろうか。そんな、布のアイデンティティに惹かれる人たち。それは自らの、移民としての家系、アイデンティティの確認とオーバーラップさせていくことができる対象でもある。だから、移民の国カナダに、テキルタイルラバーが多いこととがそこでは深く関わっているように、カナダに滞在しながら感じた。
わたしと話をしながらも、さかんに彼のペンは動いている。Eは、今回わたしと会うことで、彼のノートを完成させるつもりであることが感じられた。最後にいくつかのポイントをノートを見ながら、質問するように尋ねてきた。書き記されたそのたくさんのメモは、順調にいけば来年にはフランス語の本になり、パリの書店の店頭に並ぶはず。
彼がどのようにIKTTと「伝統の森」の世界を表現してくれるのか、楽しみでもある。
更新日時 : 2009年12月19日 14:37