「伝統の森」はもう夏
まだ3月なのに、と日本では思われるかもしれないが、暑さでコンピュータがダウンした。室温が38度を超え始めたころから、コンピュータの反応は遅くなり始め、働きたくないと言っているようだった。湿度も40%を切っている。普段は使わない扇風機を回してやる。そうすると少し涼しいのか、元気を取り戻したコンピュータ君。
バンティミィエンチェイ州のプノムスロックの村から、いつものように鮮やかな黄色い繭が20キロほど届いた。去年までは生糸が届いていたのだが、最近では繭で届くようになった。フランスの企業が操糸機械で引くために、村人から繭のままで大量に買うようになった。その結果、手引きの手間をかけないで換金できたほうがいいから、という簡単な理由だ。安易さに走る。やはり、人間は怠惰な動物なのだろうか。こうして何百年の伝統は、いともたやすく崩壊しそうだ。
繭のまま届いたプノムスロックの蚕は、「伝統の森」の蚕よりも、孵化するサイクルが一週間ほど早い。蚕は45日のライフサイクルを繰り返す。だから、年にほぼ8回の繁殖を繰り返すことになる。しかし、ときに40度を超す4月の暑い時期と、10月の雨季の最後の湿度が高くなる時期には、蚕も弱り、病気になりやすい。今はまだ3月。でも、今年はいつもより暑さが早くやってきた。そして、蚕も元気がない。暑さに負けて病気になり、死んでいく蚕の数が例年よりも多い。
蚕は生き物。そんな自然の変化に反応しながら、蚕が住みやすい環境を工夫しつつ暑さをしのいでやる。蚕を飼う家は、木々の陰になって、半日陰ぐらいがちょうどいい。逆に、完全な日陰にあると、雨季の時期に湿気にやられてしまう。
そして、これは例年のことなのだが、3月に入って、いくつかの井戸の水が枯れ始めた。「伝統の森」の中には、井戸がたくさんある。でも、場所によって水質も違うし、乾季に枯れる井戸と枯れない井戸がある。全体としては、粒子の細かい砂質の土壌のせいで、20メートル以上深く掘っても砂が混じっている。なかなかきれいな水を得ることはむつかしい。井戸掘りを繰り返し、メンテナンスをしても、それでも放棄せざるを得ない井戸も10を超えた。
「伝統の森」の奥、工芸村のエリアの井戸の周囲は、人口密度が高い。一本の井戸に約14家族、40人ほどが頼ることになる。わたしの家の前の井戸は5家族、15人ほど。昨日も、水がないから夕方の水浴びができない、とオバアが私の家にやってきた。それぞれの井戸は、電力ポンプで揚水し、タンクに貯めて各家に給水している。しかし、渇水傾向のこの時期は、まめにタンクの水を貯めてやらないと、水切れになってしまうのだ。
そんなオバアの姿を見ながら、あらたに井戸をもう一本掘ることにした。近くの村の、井戸掘り職人のおじさんに見に来てもらうことに。つい最近も、新しくできた「伝統の森学園」の敷地に新しい井戸を掘ってもらったばかりだ。こちらは、深さ7メートルの素掘りである。
とりあえず、電気はなくても、水と土、これが生活の基本。土が在り、水を注げば、そこから芽が出てくる。とてもシンプルなこと。土を耕し、野菜を育て、牛を飼い、アヒルや鶏もいる。
自給自足の生活そのものを目指してきたわけではない。しかし、織物を生み出す自然環境の再生と自給を実現しているうちに、結果的には、そこに暮らす人たちの生活と、社会環境の自給的(持久的)再生をも実現することになった。
そんなことを、改めて実感しつつ、それらがひとつにつながっていくことを自覚することになった。
更新日時 : 2010年3月24日 18:25