IKTT
IKTT :(クメール伝統織物研究所)森本喜久男

ほんものの木綿の布

 ある日、スウェーデン人の男性が「伝統の森」に突然やってきた。そして、一枚の藍色に染められた大判のスカーフをカバンから取り出した。

 広げられたその布は、繊維の特質なのだろうか、それに手織り独特の柔らかさが加わり、少しふんわりとしたすてきな表情がある。そして彼は、これはシルクだと思うかと、畳みかけるように聞いてきた。

 拡大ルーペを取り出し、繊維を見る。繊維の絡み方が、シルクとは少し違う。IKTTの生成りの布の繊維ともう一度比較してみる。一見、シルクにも思えるが、ふんわりとしたボリューム感は、アクリル系の繊維だろう。布のなかに手を入れると独特のぬくもりがある。これと同じものが織れるか、とも。そして、その謎かけは、これを織れるところを知っているか、と続く。

 染められた藍のブルーが、とても決まっていた。もちろんそれは、ジーンズなどを染めるのに使われている、インディゴ・ピュアーと呼ばれる化学染料だと思える。が、もうひと工夫している。どちらかといえば、コバルトブルーと呼べるような色の深みがあり、なおかつ透明感がある。織りの組織そのものは、平織りの、とてもシンプルなもの。しかし、そのうえで嫌味のない味と質感を出している。使われている糸は、機械織りの均一の糸ではなく、太さがまちまちで、いわゆる手紡ぎの風あいがある。繊維の特質と、染料の癖を理解したうえでの、技の仕事のように思える。「伝統の森」でも、綿花を栽培し、手で綿を紡ぎ、木綿の布を織っているが、それだけの世界にはまだ至れずにいる。上には上がある。布としてのトータルな完成度を高めることは、そんなに易しいことではない。

 彼はこの布を持って、ラオスやタイ北部の、綿の手織物がさかんな地域や、ミャンマーやベトナム、そして雲南と回ってきたらしい。そして、これと同じ布を作れるところは見つけられずにいると話していた。そして、同じように手紡ぎの木綿糸で織られた布も探しているらしい。しかし、同じように出会うことはできなかったと。逆に、回った先々で、これはどこで織った布だと聞かれ、譲ってほしいといわれたとも。

 わたしは「伝統の森」で織った木綿の布を見せた。彼は、ほんとうの手紡ぎの木綿だと驚いていた。タイやラオスの村や市場でも、手紡ぎの木綿だといって見せられる布のほとんどは、「ガラ紡」と呼ばれる簡単な機械で紡がれたものがほとんど。風合いが違う。糸の張りとやさしさ、緊張感が違うのだ。ほんとうの手で紡いだ糸で織られた布は、アンティークのものでしか見られなかったというのが、東南アジアの、いわゆる手織りの産地を回ってきた彼の結論だった。ラオスあたりであれば、まだ手紡ぎの木綿の布を織っているおばあたちがいてもおかしくないと思うのだが、でもそんな布は、店には並ばないのかもしれない。

 そんな話をしながら、彼は「伝統の森」の木綿の布を手に取り、しみじみと見ていた。そして、彼は話し始めた。じつは、これまで15年間、スペインを拠点に、お茶のビジネスを幅広く手がけてきた。インドやセイロン、タイ、中国そして日本にも出かけた。そして今、新しいビジネスをはじめようと思っている。男性向けのショールやスカーフを販売するビジネスに興味があるのだ、と。そしてハイクォリティのものが欲しいのだと付け加えた。彼はいま、そのための市場調査をしている途中のようだった。

 「伝統の森」の木綿の布には、シルクの倍の値段が付いている。それを聞いて木綿はふつう安いものだと思われているから、たいていの方は驚かれる。じつは木綿が安いものになった現代の常識には、大量生産の歴史がある。そしてそこには、アメリカのコットンフィールドに奴隷として連れてこられた人々の労働に始まり、機械化による産業革命を背景にした、農薬を使った大規模栽培と、機械化による灌漑や収穫など、木綿にまつわるさまざまな物語が積み重なっている。

 シエムリアップの市場で売っている、クローマーと呼ばれる布がある。多目的な用途で、日常的に使われるタオルのような、カンボジアの伝統的な木綿布である。内戦前には、バッタンバンやコンポンチャムには木綿の製糸工場もあり、一大産地を形成していた。しかし現在、市場に出回っているクローマーの主流は、綿糸は輸入に頼り、そのほとんどは機械で織られたもの。残念なのは、廉価な品質の低い木綿糸を使っているせいなのか、もちが悪い。それは、コストを抑えて仕上げ、使い捨てでよいという生産者の姿勢なのかもしれない。しかしそれは、買う側にも、とにかく安いほうがよいというデマンドがあるからなのだろうが。

 こんな話がある。しばらく前のことになるが、日本のアジアン雑貨の仕入れ担当の女性が、プノンペンで仕入れてきた「クメールシルク」の布をたくさん抱えて、訪ねてきたことがある。彼女曰く、どうもシルクじゃないような気がするのだが、見てもらえないだろうか、と。それは明らかにシルクもどきの化繊の布。それが日本に持ち帰られて「クメールシルク」のスカーフとして売られるのだろうと思うと、考え込んでしまう。

 だが、その理由は簡単だ。彼女はプノンペンで仕入先のオーナーに、やみくもに安い値段を提示して交渉に挑んだ。その結果出てきたものが、その布なのである。シルク(生糸)の国際市場での価格はあるわけだから、それよりも安いシルク(布)は存在しない。彼女が国際市場の価格よりも安い値段まで値切ったことで、その店のオーナーはシルクではないものを渡さざるをえなかった。そして、彼女には、それを見分ける眼がなかった。

 スウェーデン人の彼と話しながら、あらためて、ほんものの布を作ることの大切さを考えた。大量に生産して、大量に消費するという時代は終わったのだ。ほんとうによいものを大切に使う。そんな時代がやってきているはず。彼は、お茶のビジネスを15年やってきたうえで、これからのあたらしいビジネスを布の世界、それもほんものの布を扱う、そんなことに興味を持ち始めたようだ。

 最後に彼は、これをスウェーデンの友達に見せたいと、シルクの倍の値段がする「伝統の森」ですべての素材がまかなわれた、100%ピュアーオーガニックの、一枚のクローマーの布を買っていった。しばらくして、これから飛行機に乗るところだと、バンコクの彼からメールが入った。そして、そこには次にシエムリアップに戻ってきたら夕食に誘うから、と付け加えられていた。

更新日時 : 2010年4月 4日 18:37

前後の記事:<< 森羅万象、そして日々の暮らし | 新しい年を迎えたカンボジアから >>
関連記事
カンボジアシルクの未来のために(2010年5月14日)
朝の珈琲(2010年2月16日)
モリモトノート(2009年12月19日)
テキスタイル・ラバー(その2)(2009年11月 7日)
テキスタイル・ラバー(2009年11月 6日)
クメール語版『森の知恵』(2009年11月 4日)
カナディアン・イングリッシュ(2009年10月26日)
バンクーバーへ(2009年10月16日)
キモノ事始(2009年9月30日)
ラックカイガラムシの赤はほんとうに美しい その2(2009年7月16日)