IKTT
IKTT :(クメール伝統織物研究所)森本喜久男

さそり座だけれども

 昨夜のこと。いつもは10時まで動いている「伝統の森」の自家発電機が、9時前に突然停まった。最近では、約35軒ほどの、ほぼ各戸にテレビがあるという状況に加え、この暑さで扇風機を回したりするようになると電力不足になる。

 「伝統の森」では、夕方5時から夜間10時まで各戸に電気を供給している。日本の家庭に比べれば、電化製品などないに等しいのだが、それでも25キロワットの発電機では、さすがに限界に近いのが現実である。

 ゆくゆくは雨季の川の水を利用した小水力発電なども併用し、エネルギーの自給を目指したいが、現状は石油燃料のディーゼルまかせである。ソーラーパネルもいいのだが、夜間に使おうとすると大量な蓄電のためのバッテリーが必要になる。そして、このバッテリーは消耗品で、一年は持たない。結果、ソーラーパネルも「伝統の森」においては、けっして優れたものではないとわかった。

 もう一点大切なことは、電気をただ消費するのではなく、電気を使わない生活の仕方を考える、というのが本当は大切なのだと、「伝統の森」に暮らしながら思うようになった。

 「伝統の森」で、消費電力の大きなものの筆頭には揚水ポンプがある。各戸への生活用水の供給のために、これは必需品。そして、最近のアクシデントの元凶はアイロン。おそらく正月前でおしゃれをするため、服にアイロンをかける頻度が増えている。その結果、容量オーバーとなり発電機がストップ。わたしも、寒い時期のために電気温水器を設置したが、いまではこれも宝の持ち腐れ、使えないでいる。水浴び用のお湯を沸かすために「伝統の森」の迎賓館用に、プロパンガスの湯沸器を設置した。これも、ゆくゆくはバイオガスで沸かせたらいいなと思ったりしている。

 停止した発電機の様子を見るために、懐中電灯を手にパワーステーションと呼ぶ小屋へ向かう。この発電機には、二人の男性担当者がいる、しかし、一人はお正月の帰省で不在。助手の若い男性が、停まった機械を前に不安そうに待っていた。機械の様子を見るが、暗いこともあり、詳細は不明。明日の朝にもう一度点検することにして、隣の配電盤のある小さな部屋へ。懐中電灯を手に、パチパチとスイッチを切りはじめた。すると、足元に「チクッ」と痛みが走った。

 足元を照らすと、えっ。5センチほどの小さなサソリがいる。やられた。後ろから来ていた助手の男性が、その瞬間サソリ君を踏み潰した。

 「伝統の森」でも、材木などが積まれたところなど、サソリが好きそうな場所はある。そういうところでは、それなりに注意しながら作業をするのだが、暗闇のまさかの所にいた。

 刺されたわけで、痛みが走る。200メートルほど離れた母屋に戻る。歩きながら、誰か薬は何がいいか知っているかと闇の中に向かって声をかける。「伝統の森」のスタッフの家は、停電で真っ暗。でも闇の中からは「ニンニクだ、ニンニクがいい」と声が返ってきた。

 家に着くと、声をかけてくれた男たちが数名、すぐに後を追いかけてきた。早速、お絵描き組のリーダーの、マリーがニンニクを刻んでくれた。そして、みんなでよってたかって、ニンニクを私の足の傷口にすりこんでくれた。

 痺れがひろがり、痛みがある。初めての経験だから不安。足の付け根あたりまで痛みが広がる。でも、みんな口を揃えて「大丈夫だから」という。わたしは、しつこく本当か、と尋ねた。サソリに刺されたときの対処法を、何かで読んだ記憶があるのだが思い出せない。

 みんながニンニクをすりこみながら、「大丈夫だから、明日の朝には痛みは引くから」と繰り返す。マリーに、もう一度、本当にに大丈夫かと念を押す。カンボジアのサソリは、マレイシアなどで見かける黒く大きなものに比べれば、一回りは小さい。そして、色も茶褐色。黒い大きなサソリに刺されれば、病院に走らなければならない。

 マリーいわく、「わたしも2度ほど刺されたことがあるけれども、大丈夫だから」とのお言葉が、返ってきた。それを聞いて少し安心する。

 じつは、わたくし11月生まれの蠍座。でも、そのわたくしが、なんの因果でサソリに、などとしばらく考えてみる。それも、お正月の3が日に。でもこれもなにかきっといいことのさきがけだと勝手によいほうに考えるわたくし。

 念のため、手持ちの痛み止めの抗生物質を飲んだ。しばらくは痛みがあり寝付けなかったが、それでもやがて夢のなか。翌朝、目が覚めると、痛みもなく痺れだけになっていた。

 森のおばあの一人、オムライがうわさを聞きつけて、覗きに来た。「わたしはもう数え切れないほどサソリに刺されてきているけれども、なんともないから」そして笑いながら、「何時に刺されたんだ」と聞いてきた。昨夜の9時過ぎと答えると、「じゃ、今夜の9時過ぎには全快しているから、安心しろ」と。

 夜中に侵入してきた水牛を追いかけて、森の男たちみんなで林のなかを走る。そんなとき、みんなが怖いのは毒蛇だという。だから、サソリぐらいでは何ともない。みんなそんな顔をしている。

更新日時 : 2010年4月17日 18:48

前後の記事:<< 新しい年を迎えたカンボジアから |
関連記事
例年ならば(2010年4月30日)
新しい年を迎えたカンボジアから(2010年4月14日)
森羅万象、そして日々の暮らし(2010年4月 2日)
「伝統の森」はもう夏(2010年3月24日)
朝の珈琲(2010年2月16日)
デーゴーの花の咲く頃(2010年2月10日)
ポジティブ思考のすすめ(2009年12月14日)
テキスタイル・ラバー(2009年11月 6日)
クメール語版『森の知恵』(2009年11月 4日)
カナディアン・イングリッシュ(2009年10月26日)