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<title>IKTT ：（クメール伝統織物研究所）森本喜久男</title>
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<title>朝の珈琲</title>
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<published>2010-02-16T08:06:35Z</published>
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<content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://iktt.esprit-libre.org/">
　数人の女性たちのざわめきで、何事かなと思いながら目が覚めた。そうだ。昨日から始めた繭から糸を引く作業の準備が、わたしの家の前ですでに始まっているのだ。

　石で簡単なかまどを作り、そこに大きめの素焼きの壺を置き、火を起こす。もちろん薪で。この壺で、繭を茹でて糸をひく。昔ながらの簡単な道具によるやりかた。日本では、座ぐりと呼ばれる技法である。そして&quot;釜茹での刑&quot;になる蚕たち。黄色い繭から、鮮やかな黄色い生糸が引かれていく。

　お母さんの周りには、たくさんの子どもたちが集まり、茹で上がった蛹を、おやつにもらうことを楽しみに待っている。座ぐりの素焼きの壺は三組。それぞれに、三人がついている。一人は、糸を繭から引く係。二人目は新しい繭を壺に入れる係。もう一人は、糸が引かれたあとの、おやつになる蛹を取る係。そして、その横では、若い女性が引き上がった生糸を膝に載せ、糸筋を整理している。十数人の女性たちが手際よく働く姿は、見ていて、とても微笑ましい光景。そして男たちは、薪を割り、運んでくる。

　この女性たちの多くは、カンポット州からの移住組。２００３年以降、「伝統の森」での桑畑と養蚕の事業開始のために、４００キロの遠路をはるばる来てくれた、村の養蚕のプロたち。

　わたしの、彼ら彼女らとの最初の出会いは、１９９５年２月。考えてみれば、早いものでもう１５年になる。そんなことを思い出しながら、目の前で引かれていく黄色いきれいな生糸に見入る。
　ユネスコの調査で、カンボジア各地を回り、途絶えているとされていた養蚕の村を探していた。そんななかで出会ったのが、カンポット州タコー村。内戦前には、養蚕が盛んだったという。しかし、人づてに聞いて、わたしが村を訪ねたとき、もうその面影はなかった。それでも、この村には養蚕のための道具が大切に残されていた。その道具類を見て、わたしは驚いた。なぜなら、アジアの他の地域では消えてしまった手法と道具が、そこにあったから。なかでも、驚きだったのは、蚕が繭になるために糸を吐くときに置いてやる床、「まぶし」といわれる道具が、自然の生葉の木の枝を束ねたものをそのまま使っていたことだった。

　その後、あらたな調査では、さらに驚くべきことが見つかった。それは、桑の木の原産地が、中国ではなくカンボジアであるということ。内戦以前に、養蚕が盛んだったという村をカンボジア各地に訪ね、その村の畑の片隅に残る桑の木の枝を集め、その枝のＤＮＡ鑑定を専門家にお願いした。その結果、カンボジアにしかない桑の木のＤＮＡがあることが判明した。残念ながら、その後の追跡調査を完了していないために、学術的にそれを証明することはまだできていない。だが、それをわたしは、シルクのカンボジア起源の仮説の根拠とさせていただいている。このことと重ね合わせたとき、タコー村に残されていた生葉による「まぶし」の存在は、この伝統が太古より受け継がれてきた養蚕の知恵と、その証左であるように思えるのだが、どうだろうか。

　そんな話を、機会があるごとに国際機関や政府の方などにも説明させていただいているのだが、わたしの仮説を本当に信じていただける方はなかなかいないようで、残念だが、その後の調査と分析を実施するには到っていない。そのことに本気で興味を持たれる専門家の登場と、そのための調査予算が計上されるまで、もうすこし待たざるをえない。

　内戦で途絶えていた村での伝統的養蚕を再開しようと、タコー村に蚕の卵を届けたのが１９９５年の７月。改めて９月には、蚕を繭の状態で届け、ようやく養蚕再開を果たすことができた。そのときの、村のおばあやおじいの、息子や娘にあたる若者たちが「伝統の森」にやって来たのは２００３年のこと。彼ら彼女らは、ここでは桑畑の世話と蚕を育てることが主な仕事。そしていま、タコー村の伝統の知恵が、わたしたち「伝統の森」に甦っている。

　５０００年か、それ以上の歴史を持つであろうカンボジアの養蚕。その蚕は、黄色い糸を吐く。その糸は、昔ながらのシルクのよさをもっている。一方の、最近の中国では、蚕も人工飼料で飼われはじめているらしく、そして大量生産のために品種改良されすぎた結果なのか、その糸は昔の良さや強さに欠けるものとなっている。そのためか、カンボジアの黄色い生糸が、あらためて見直され、評価を受けるようになった。

　カンポット州などの地域では、内戦のなかで、その養蚕の伝統は消えていた。だが、バンティミェンチェ州のプノムスロック周辺には、養蚕の伝統がかろうじて残されていた。そして、その村々は、いまではカンボジアを代表する養蚕の村として知られるようになった。

　しかし、伝統的な養蚕による生糸の絶対量は限られている。タケオなどの織物の村で使われている生糸は、ほぼ１００パーセントが、機械で引かれた白い輸入生糸。その輸入量は年間５００トンともいわれている。一方、プノムスロックでは、手で引かれた在来種の黄色い生糸が生産されてきたが、その生産量は年間５トンにも満たない。

　パキスタンあたりの、高級ペルシャンカーペットを作る企業が、カンボジアの黄色い生糸を使って、昔ながらの高品質のカーペットを作るために生糸を買い占めるという噂もある。そんななか、プノムスロックの生糸は引く手あまた。フランス系の元ＮＧＯだった企業が、村に入り、村人の囲い込みを始めているという話も伝わる。そのせいか、ＩＫＴＴでも使っていたプノムスロックの生糸が、最近では入りづらくなってきた。

　フランス系のその企業は、繰糸の機械を持っており、農家から繭を買う。しかし、その機械に掛けて繰り糸をするには、大きな繭が必要になる。日本や中国の品種改良された繭は、一個で１２００メートル以上に糸が引ける。しかし、小さなカンボジアの黄色い繭はせいぜい３００メートルほど。そのため、蚕の交配種を村に持ち込み、機械繰糸に向く８００メートルを可能にする大きな繭の生産を進めてきた。その結果、在来種の小さな蚕は、簡単に絶滅してしまった。

　そのかわり、交配種ながら、フランス系企業が買わないような小さい繭が、村からＩＫＴＴに届くようになった。そんな小さな繭であっても、大切な蚕の作った繭であることは同じなのだが。

　プノムスロックの村人も、最近では繭のままで売れるようになったため、自分たちで手引きの糸にする作業を厭うようになってきた。近代化は、こうしていとも簡単に伝統を壊していく。その結果、ＩＫＴＴでは生糸ではなく繭で買うことになり、「伝統の森」では繭から手引きする回数が増えている。

　数日前にも、約５０キロの繭がプノムスロックの村から届いた。その繭から糸を引くために、朝早くから、「伝統の森」での糸引きが始まったのだった。そして、わたしは、そのざわめきのなかで起こされた。

　でも、「伝統の森」の村の女性たちは、元気で手際がいい。目の前には１５年前のタコー村で、わたしがはじめて見たときと同じ道具類が並べられ、繭から糸が引かれていく。１５年前の、あのときの光景を思い出しつつ、そんな朝の作業を見ながら、今朝は珈琲を飲ませてもらった。

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<title>デーゴーの花の咲く頃</title>
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<published>2010-02-10T07:58:38Z</published>
<updated>2010-02-16T08:05:00Z</updated>

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<content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://iktt.esprit-libre.org/">
　沖縄では有名なデーゴーの花が「伝統の森」で綺麗に咲き始めた。毎年２月の頃、森にはたくさんの花が咲く、その中でも鮮やかな赤いデーゴーの花は別格。

　それ以外にも、わたしが勝手に「山桜」と呼んでいる、ダムニエンとクメール語で呼ばれる木がある。白い小さな花を咲かせ、遠目には山桜そのものの。この新芽は、そのまま刻んで、バンチョックとよぶカンボジア風素麺の掛け汁に入れられる。

　今年はまだ花を咲かせていないが、ネムノキの花を一回り大きくしたような、夜に咲く赤い花、ダムカダオ。それ以外にも、珍しい花が見られるのが、この時期の楽しみでもある。

　そして、種から植えてもう６メートルほどに育った、その葉を黒染めに使うインディアン・アーモンドは落葉と新芽が同時にやってくる、不思議な光景が見られる。それは、ちょうど秋と春が一緒にやってくるようなもの。

　「伝統の森」は、ちょうどそんな季節の変わり目にある。それでというわけではないが、いくつかの新しい計画が動き始めた。

　ひとつは、「伝統の森」の入口に近いところにある井戸の傍に、新しく染め場を作ることにした。現在の染め場は、工芸エリアにある。

　自然の染めは、常に水質に左右される。とくにラックの赤を染めるとき、その水質がそのまま色に反映される。鉄分の多い水では、ラックは染められない。

　じつは、「伝統の森」の中にあるたくさんの井戸の中で、鉄分に影響されない井戸は二か所しかない。新しい土地と呼んでいる、シエムリアップ川に近い桑畑のエリアにある井戸と、もうひとつは「伝統の森」の入口近くにある井戸。

　雨季の間は、天水（雨水）が最良の水。しかし、乾季になるとそういうわけにはいかない。つまり、乾季に鮮やかな赤い色に染めたいと思えば、鉄分の少ない水を求めて、織り手は一キロちかく離れた「伝統の森」の入口近くの井戸まで水を汲みに行っていた。そんな姿を見ていて、思い切って染め場をその井戸の傍に作ることを決めた。

　村の大工組の出番。さっそく簡単な平屋の小屋が作られた。当初の想定は、約３メートル×５メートルのもの。しかし、道具などを収納するための小さな部屋も併設すると、倍の大きさに。その結果、３０平方メートルの１ＤＫになった。それを見た染め組のリーダー、トウルさん曰く「ここに住むのもいいな」と言い始めた。

　もうひとつは、新しい桑畑のための開墾を開始した。

　「伝統の森」のなかで第５エリアと呼ぶ野菜畑のあるところの、これまで手付かずだった４ヘクタールのうちの1.5ヘクタールを、新たな桑畑にすることに。ここは乾季にも水がある沼の傍ゆえ、桑畑への潅水が容易なことがその理由。

　じつは昨夜、「伝統の森」の男たちと、久しぶりにミーティングを持った。　議題はいくつかあったが、話の核心は桑畑の水管理。そして、桑の木のさらなる育成について。生糸の生産量は、単純に桑畑の葉の収穫量に比例する。最近、カンボジアの黄色いシルクは、少しずつその良さが知られ始め、海外からも引く手あまた。そのため、これまでＩＫＴＴも購入してきたプノムスロックの養蚕の村からの十分な生糸の供給が難しくなり始めた。そのため、自前の生糸の生産が重要課題に再浮上してきた。その結果でもある。

　今までは、育てた桑の葉が仔牛に食べられたと冗談のようなことも聞き流していられたが、そういうわけにいかなくなった。柵を整備して、そんなことのないようにと注意をしたり、潅水を怠り育成のよくない畑の責任者に、もう一度確認したりしながら話が進む。そして「伝統の森」の入口近くにある桑畑は、３、４月のいちばん沼の水位が下がる時期の潅水がネックになっていた。高低差のある３００メートル以上離れた沼から、大型の揚水ポンプを使って潅水しなければならなかった。しかし、その揚水ポンプが壊れてしまい、修理もできず、あらたに購入の必要が出ていた。

　その代用も含めて、いくつかの案を検討しながら、ふと、そんな無理に離れたところから水を運ばなくとも、水の傍にあらたに畑を作ればいいではないかという話になった。さいわい、そのための土地もある。

　さっそく、その予定地の開墾が今朝から始まった。この土地は、「伝統の森」のなかでいちばん新しく購入したエリアで、２００６年に、日本からの多くの方々の支援協力で購入することができたところ。一部を開墾し、野菜畑と桑畑をつくり、アヒルの飼育を始めたところ。ここに、あらたな桑畑が加わることに。並行して、灌漑設備を整備する予定である。

　これで「伝統の森」の風景が、また少し変わっていく。今年の課題は、森の自給率を上げていくことであった。その核心ともいえる、生糸の生産を上げていくことに、全力をかけることになった。それは「伝統の森」の男たちの仕事。そんな同意を、昨夜のミーティングで確認した。ＩＫＴＴは、じつは普段はほとんど会議もすることはない。そんな時間があれば、それぞれの役割の仕事をというのが基本だった。

　しかし、カンボジアシルクをめぐる状況が大きく変わり始めているなかで、桑畑と蚕の育成のための新たな視点と協力が必要になってきた。そのための集まりであった。

　不思議なもので、染め場のことも桑畑への潅水のことも、どちらも水に由来する問題である。限られた水資源を最大限に有効活用することで、新しい展開が可能になる。しかし、それを可能にする、その基本は、アンコールの時代から「伝統の森」に存在する、乾季にも枯れない大きな沼のおかげである。その恵まれた環境を、自然の恵みを、最大限に活かしていかなくてはならない。

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<title>あたらしい時代の予感</title>
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<published>2010-01-18T07:55:18Z</published>
<updated>2010-02-16T07:57:25Z</updated>

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　昨年も暮れ、業界情報にくわしい方から、フランスのエルメスが自然染色の特許をとったらしいと聞いた。それは、とても衝撃的。世界を代表する数多くのファッションブランドがある中で、かねがねエルメスは別格のように思ってきた。そのエルメスが、である。

　何百年、何千年の伝統を持つ自然染料、草木染の世界で、いまさら特許とは、といささか不思議な気もするが。１５０年ほど前に発明された化学染料による染色が世界を制覇し、その結果、何千年の伝統の知恵は、いとも簡単に人々の記憶から消滅してしまっていた。効率化を優先する現代にあって、化学染料は自然染料と比較して、インスタント食品のように手っ取り早く染めることができる魔法の粉だった。

　しかし、石油などから合成される化学染料や、クロムやカドミウムなどの重金属イオンを含む媒染剤、そして人体に害を及ばす可能性のある蛍光染料など、人間にも自然にも害をもたらすものが少なくない。

　詳しい特許の内容はわからないが、生産性を考慮したスクリーン捺染とも呼ばれるプリント染色技術にかかわるものではないかと思われる。日本では江戸小紋などに代表される型染めともいわれてきたものと共通する、その技術そのものは古くからあったもの。同様の自然の染料を使ったプリント技術は、インドやインドネシアでの版木を用いたブロックプリントによる染色技術に通じる。しかし、その多くは化学染料に取って代わられ、伝統的な自然の染料による型染めの技術は消えてしまった。エルメスの特許は、その現代における華やかなプリント技術への再生ではないだろうか。

　わたしのなかでのエルメスのイメージは、近世の西洋絵画の伝統を今に受け継ぐもの、とでのいうのだろうか。とても斬新だが、その根底に中世から近代にかけての西洋絵画に描かれた美意識が生かされている。それは、今は少し元気がないようだが、ちょうど日本のすばらしいキモノの世界に、江戸に全盛を迎えた応挙の丸山派や琳派と呼ばれる人たちの、絵画の伝統とその美意識が生きているのに似ている。

　わたしはかねがね、あたらしい染織ルネッサンスの到来を希求してきた。その切り口は、間違いなくエルメスの自然染料による新しいファッションの世界で、切って落とされるのではないだろうか。エルメスが提示する最新ファッションのなかに、自然の染料によるプリントなどでの展開が実現すれば、それは本当に新しい時代の幕開けといえる。そして、当然エルメスに続いて、他のメーカーもその開発に力を注ぐであろうし、数年後にはファッションのトレンドとして定着してゆくと思える。

　これまでの自然の染色は、限られた商品世界のなかにあった。それが、大きく変化していくことを意味する。５年先１０年先には、普通にみんなが着ている服のなかに自然の染料によって染められたものが登場するようになるのではないだろうか。

　自然染料による染色が、過去の伝統の技術であるという枠の中で捉えられてきたものが、ここで大きく様変わりする、そんな予感がある。自然の染料は身体にもよく、環境にもよい。自然染料の染め材の多くは、伝統的な薬の原料としても使われてきた。

　その一方で、自然の染料は色落ちしやすい、という間違った常識が定着している。だが、そんなことはない。７世紀、正倉院の宝物の布は今も美しく輝いている。そして３世紀、エジプトのコプト織の布は今も美しい。

　現代の、安易な染色による布作りの姿勢を誤魔化すために「自然の染料は色落ちしやすい」とささやかれてきた。そんなことはない。急いで染めた色は急いで落ちる、それだけのことなのである。

　先日、アメリカのテキスタイルソサエティの秋のシンポジウムの案内がメイルで送られてきた。そのテーマは自然の染料、ナチュラルダイ。本当にあたらしいトレンドとして、自然染料が話題になり始めてきた。そのことと重なるように、ヨーロッパやアメリカから、ＩＫＴＴの「伝統の森」に、自然の染料に関心がある人たちが訪れてくるようになった。

　基本の自然染料の情報は、公開している。ＩＫＴＴは時代の流れよりも、すくなくとも１０年は先を進んできたのだから。これからも、その先を進んで行きたいと思っている。

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<title>講演会「カンボジアの染織文化−伝統の森プロジェクト」のご案内</title>
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<published>2010-01-07T07:50:31Z</published>
<updated>2010-02-16T07:52:19Z</updated>

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<content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://iktt.esprit-libre.org/">
　昨年来、何度か「伝統の森」を訪ねていただいた黒田悦司氏の発案による講演会の開催が決まりました。「カンボジアの染織文化−伝統の森プロジェクト」と題してわたしがカンボジアで行っている活動の報告と、そのなかから見えてきた「伝統の再生」が意味することなどにも言及するつもりです。会場では、あわせて「伝統の森」で織り上げられた布もご覧いただきたいと思います。

□と　き：２月２１日（日）１３時（１２時３０分受付開始、１６時閉会予定）
□ところ：アルカディア市ヶ谷
　　　　　東京都千代田区九段北４−２−２５（ＪＲ市ケ谷駅から徒歩約３分）
□定　員：４５名（事前申し込みをお願いいたします）
□締　切：２月１０日（メール、電話あるいはＦＡＸでお申し込みください）
□会　費：３０００円 （&quot;カンボジア語で発行のブックレット「森の知恵」発行
　　　　　支援&quot;を含む）
※会場では、ＩＫＴＴで制作されたクメールシルクの伝統織物の展示と販売も行
ないます。
【問合せ先・申し込み先】
　森本喜久男氏講演会事務局（黒田悦司）TEL＆FAX：０２９９−５７−０３７７
　email：kurodaya＠po.mmm.ne.jp
〔このメールアドレスの＠を、半角に変換してご送信ください〕

▼アルカディア市ヶ谷（アクセス）
http://www.arcadia-jp.org/access.htm

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<title>自然との融和</title>
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<published>2009-12-20T07:46:21Z</published>
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<content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://iktt.esprit-libre.org/">
　もう４年ほど前になるが、ドイツとフランスで有名なアルテというテレビ局のドキュメンタリー番組が、ＩＫＴＴを取り上げてくれた。ヨーロッパ各地で、何度か再放送もされているからか、今なおＩＫＴＴを訪ねてくる人たちのなかに、アルテの番組を見たという人は多い。

　その制作担当ディレクターだったイタリア系ドイツ人の女性が、撮影が始まって一週間ほどして、お前はクレイジーだと言いはじめた。なにがクレイジーかと言うと、お前は金のために動いていない、それはなぜだ、と。そして、そのクレイジーなお前が撮りたいと言いはじめた。１時間ほどの番組の中ほどに、そんなわたしが映っている。ひとりででこぼこの荒地を車で走り回る、そのかたわらを牛車が通り過ぎていくシーンだ。

　さらには、撮影の最後日。これから空港に行くという日の朝、彼女はもう一度やってきて、朝日のあたるベランダでのワンショットを撮っていった。そして、わたしに「朝日を浴びながら、いったい何を考えているのだ」と、くいさがる。しかし、わたしが「何も考えていない」と答えると、何も、そうナッシング、わかった、と言いつつ最後のビデオを回していた。

　ナッシング、それを彼女は禅問答の「無」と理解したようだ。でも、わたしの場合は、ただの「何も」だったのだが。

　そのディレクター女史、それから数年して、カンボジアでの別の取材の際にシエムリアップに寄ってくれた。そのとき彼女は、あの番組は評判がよく何度も再放送されていると言いながら、あなたの仕事のスタイルにはヨーロッパ人にできない何かを持っている、と話していた。それはときに、彼女から見れば、アジア的な東洋人の謎のようなものかもしれない。

　あえて意識していなかったが、そんなふうに言われて、ふと考えるようになった。たとえば、朝日を浴びながらコーヒーを飲む朝のひととき。これは、森林浴と似ている。朝の空気、椰子の木の陰から徐々に輝きを増す朝日、そして少し古い木造の二階家のテラスのそこから見える朝の風景、木々のシルエットや川の流れ、それらを含めた自然のあるまま、そんなすべてのものが一体となって、そこにある。少し哲学的にいえば、エグジスト、存在している、ということ。そんな空気の中にいる自分と、その時間。

　しかし、わたしにとって、それは無意識の中で一体化しているもので、あえて考えることではない。だから、わたしにとっては「何も」という答になる。が、じつは、そんなふうに自然の中にいる自分とは、自然と一体化した存在として無意識でいる、ということなのかもしれない。そんな、自然との距離のとり方、それが、とても東洋的な思考方法なのかもしれないと思った。

　「伝統の森」での仕事を進めながら、改めて「生きた森」について考えるようになった。森に生かされる人、人に生かされる森、その相互の関係の中に「生きた森」といえるものがある。太古の時代から、人は自然とともに生きてきた。布もその恵みの一つと言える。伝統の織物を生み出していた村をまわりながら、そこで暮らしていた人々とそれを支えてきた自然環境、もしくはそこにあったはずの自然環境の存在を知り、生きた森の意味を、より深く知るようになった。それは人と自然との、双方向の持続した相互関係であった。

　知り合いのフランス人の人類学者氏と、議論したことがある。議論というよりは、わたしからの質問であったのだが。その核心は、ヨーロッパ的な思考方法では自然をどう捉えているのか、という簡単な問いだったのだが。学者氏曰く、自然と人間は全く別の次元に属しており、いわば川を挟んで異なる岸にある、逆に言えば同じ岸に立つことはないという。森は森でしかない。だから、わたしが自然の再生とその融合という前提を、「伝統の森」プロジェクトの中で考えているそれ自体が、西欧的視点では、そもそも生まれて来ることはない、と。

　その話を聞きながら、改めて、わたしは軽いカルチャーショックを受けた。自身の無学を恥じながら、自然をときに人間の管理の対象としてしか捉えない、その思考はどこからくるのか、とあらたな疑問がふつふつと湧いてきたがそれは横におき。改めて、自然を対立物として捉え、有機的な共にある存在ではない、とはっきり言われてしまった。自然との調和と融合、それが生きた森の姿と考えてきた。じつはそれは、とても非西欧的思考、アジア的思考なのだと知った。グラグラ、頭が揺れる。

　人間の存在が自然よりも優位にあるという前提で、自然を管理の対象物としてとらえる。管理できる、もしくはされた自然とされていない自然。彼女は人類学の研究者で、アジアに長く暮らしている。その違いも十分に理解し、比較できるはず。

　しかし、あえてそれも、これまでの一般的な常識ともいえる。わたしが、西欧的・アジア的と二元的において、その相違と対立として考えること自体が、じつはとてもヨーロッパ的思考なのだと彼女と話しながら気がついた。時代は激しく変化している。そしてこれまでの人間と自然という二元的対立ではなく、個々の存在をランダムに、多様な価値の存在がいま生まれ始めている。それはあらたな融合を望んでいるのではないだろうか。

　対立と混沌、そして融合。対立から融和、これが歴史の大きな流れといえる。いま、起こり始めている、時代の変化としてもいい。それは、これまでの西欧的思考だけではない、アジア的な人と自然の融合に関心をもつ人たちが、アルテのドキュメンタリーに関心をもつた人たちとしていることの理由になのだと。そしてそれが、カナダのバンクーバーミュージアムでのわたしの講演に集まってくれた人たちのなかから、沸き上がってきた大きな拍手の意味であるように思えてきた。

　南国の椰子の木の木陰から昇る朝日を浴びながら、シエムリアップでコーヒーを飲むところから始まるわたしの毎日を撮影していたドイツのテレビクルーたちが、わたしに問いかけてきた疑問も、じつはそのことなのではないか。

　そんな、とてもクレイジーなわたしにとって、自然を取り戻すことで、ぬくもりのある布も取り戻すことができると考える。それこそが、「ぬくもり」を感じることができる自然との融和である。

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<title>ＪＩＣＡ地球ひろば「シエムリアップ・現地からの報告」のご案内</title>
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<published>2009-12-19T07:45:08Z</published>
<updated>2010-02-16T07:46:05Z</updated>

<summary>　フォトグラファー内藤順司氏による写真展「甦るカンボジア」と同時開催で、２月２０...</summary>
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　フォトグラファー内藤順司氏による写真展「甦るカンボジア」と同時開催で、２月２０日（土）には、報告会「シエムリアップ・現地からの報告：伝統織物の復興が、&quot;暮らし&quot;と&quot;森&quot;の再生に至るまで」を開催いたします。

　報告会当日は、会場でＩＫＴＴの布の展示と販売も行ないます（展示と販売は２０日のみです）。みなさま、お待ちしております。

□と　き：２月２０日（土）
　　　　　報告会：１３時３０分より（１３時開場）
　　　　　※展示と販売は１３時から１６時まで
□ところ：ＪＩＣＡ地球ひろば　３階　講堂
　　　　　渋谷区広尾４−２−２４（日比谷線広尾駅下車、３番出口徒歩１分）

▼ＪＩＣＡ地球ひろば（アクセス）
http://www.jica.go.jp/hiroba/about/map.html

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<title>内藤順司氏による写真展「甦るカンボジア」のご案内</title>
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<published>2009-12-19T07:43:28Z</published>
<updated>2010-02-16T07:44:46Z</updated>

<summary>　「ＩＫＴＴカレンダー２０１０」に、写真を提供してくださったフォトグラファー内藤...</summary>
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<content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://iktt.esprit-libre.org/">
　「ＩＫＴＴカレンダー２０１０」に、写真を提供してくださったフォトグラファー内藤順司氏による写真展「甦るカンボジア：伝統織物の復興が、&quot;暮らし&quot;と&quot;森&quot;の再生に至るまで」の開催が決まりました。

　わたしたちＩＫＴＴが「伝統の森」で進めている、カンボジア伝統織物の復興と、人びとの暮らしの再生、そして人びとの暮らしを包み込む自然環境の再生プロジェクトの現場を、７０点あまりの写真で表現していただけるとのことです。　みなさま、ぜひとも会場に足をお運びいただければ幸いです。

□と　き：２月１６日（火）～２１日（日）
□ところ：ＪＩＣＡ地球ひろば　１階　企画展示スペース（入場無料）
　　　　　渋谷区広尾４−２−２４（日比谷線広尾駅下車、３番出口徒歩１分）

▼ＪＩＣＡ地球ひろば（アクセス）
http://www.jica.go.jp/hiroba/about/map.html

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<title>モリモトノート</title>
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<published>2009-12-19T07:37:01Z</published>
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<content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://iktt.esprit-libre.org/">
　知り合いの、パリに住むフランス人Ｅからメールが入った。彼は、フランスの著名な雑誌の編集者で、旅行関係のライターも兼ねている。とくに、日本以外の東アジア、東南アジア地域を担当している関係で、年に何回か出向いてくる。２か月ほど前にもバンコックまで来ていたが、わたしがちょうどバンクーバーに出かけているときで会えなかった。


　彼に初めて会ったのは、３年ほど前のこと。シエムリアップにいるフランス人の陶芸家の紹介だった。偶然、とくに約束もなく、ふらっとショップにやってきた。ちょうど、わたしがショップにおり、話をしているうちに、そのまま「伝統の森」を案内することになった。それは、本当に偶然の出来事で、しかし、それ以来の付き合いとなる。

　今回Ｅは、プノンペンで一日仕事をし、翌日の午後、船でシエムリアップまでやってきた。が、明日にはバンコックでまた仕事だという。前回会ったときは、中国に仕事で行った帰りに、時間を作って「伝統の森」まで香港経由で会いにきてくれた。でも、それも一年前のこと。

　仕事で、アジア関係の旅行案内などを書いている。しかし、本業の雑誌の記事では書き切れないことを、ライフワークのように、別の出版社から著作として出しているという。彼の手になる最近作は、フランスのフェルト帽子を作る職人の家族を追っていったもの。もう、フランスでもそんな手作りの帽子職人は数えるしかいない。それは、ものづくりの伝統を追うドキュメンタリー。

　２年前、わたしがパリで布の展示会をしたとき、彼が昼食に誘ってくれた。そこに同席した出版社に勤める彼の友人が、この男は２枚のジャケットを着ているのだと言って笑っていた。旅行雑誌の編集者という顔ともう一つ、ライフワークとしてのノンフィクション作家としての顔。日本でいう、「二足の草鞋を履く」と同じ意味のようだ。

　その男性が、彼の著作を出している出版社の人だった。そのとき、Ｅがわたしのことを本に書きたいと言ってくれた。わたしの英語版の著書「Bayon Moon（バイヨンの月）」を読んだらしく、それをもとにインタビューを含めてあらたに本にしたい、と。そのために、わざわざ出版社の男性が同席しての食事に誘ってくれた。

　その翌日、Ｅはわたしを夕食に誘ってくれた。今度はパリ郊外の彼の自宅に、である。そこで彼は、おじいさんが作ったという装飾のある小さな本棚を見せてくれた。彼らはイタリアからの移民で、家族は代々の家具職人だったらしい。彼の家の周辺は、以前は路地裏まで、そんな家具職人たちの仕事場になっていたらしく、そんな職人の世界で子どもの頃から暮らしてきたという話をしてくれた。それは、わたしの仕事に興味を持ち、本にまとめたいと思った動機についての、彼なりの説明でもあった。

　彼の手には「モリモトノート」がある。小さな字で、わたしと会ったときに話した内容が書き留められている。それ以外にも関連の資料やインタビューをしてきたようだ。今回も、いろいろな話をしながらページが増えていく。

　わたしが「テキスタイルラバー」と呼ぶ、世界の布好きの人たち。カナダにはそんな布好きな人たちが多いのだと、先に訪ねたバンクーバーでの出来事も彼に話した。他の国を訪ねた時よりも、バンクーバーでそれを強く感じた。そのことは、じつは、カナダという移民の人たちによって作られた国に由来している。共通語としての英語を話しながら、しかし、それぞれの家庭では、母国語での生活も大切にしているのだろうと思える。

　伝統的に作られてきた「布」は、その布の作り手たちの民族や風土といったアイデンティティを表現する。そんな布が発する、香りとでもいえばいいのだろうか。そんな、布のアイデンティティに惹かれる人たち。それは自らの、移民としての家系、アイデンティティの確認とオーバーラップさせていくことができる対象でもある。だから、移民の国カナダに、テキルタイルラバーが多いこととがそこでは深く関わっているように、カナダに滞在しながら感じた。

　わたしと話をしながらも、さかんに彼のペンは動いている。Ｅは、今回わたしと会うことで、彼のノートを完成させるつもりであることが感じられた。最後にいくつかのポイントをノートを見ながら、質問するように尋ねてきた。書き記されたそのたくさんのメモは、順調にいけば来年にはフランス語の本になり、パリの書店の店頭に並ぶはず。

　彼がどのようにＩＫＴＴと「伝統の森」の世界を表現してくれるのか、楽しみでもある。

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<title>講演会「究極の天然素材で絹織物を創る」のご案内</title>
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<published>2009-12-16T07:34:01Z</published>
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「究極の天然素材で絹織物を創る　〜オーガニックシルクで暮らしを豊かに〜」と題して、養蚕そして糸引きから染め織りのすべての工程を、手作業で行なっているわたしたちＩＫＴＴの「伝統の森」での取り組みについてお話させていただくつもりです。

□と　き：２月１８日（木）１３時３０分より（１３時から受付）
□ところ：飯原服装専門学校
　　　　　岐阜市矢島町１丁目２８（伊奈波通りバス停下車すぐ）
　　　　　※専用駐車場はございません。公共交通機関でお越しください。
□定　員：３０名（事前申し込みをお願いいたします）／入場無料

※会場では、ＩＫＴＴで制作されたクメールシルクの伝統織物の展示と販売も行
ないます。
【問合せ先・申し込み先】
　飯原服装専門学校（担当：豊吉様）
　tel/fax：058-262-8978（平日9：00～17：00）

▼飯原服装専門学校（アクセス）
http://www.mirai.ne.jp/~iihara/contact.html


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<title>講演会「カンボジアの絹絣の世界〜伝統織物復興にかける」のご案内</title>
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<published>2009-12-16T07:31:44Z</published>
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<content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://iktt.esprit-libre.org/">
　わたしの著書『カンボジア絹絣の世界』をご覧になった尾州繊維産地の関係者のかたから、「ものづくりの原点に立ち戻り、考え直す機会をつくりたい」と、尾州テキスタイルデザイナー協会が主催するセミナーでの、講演の機会をいただきました。

　伝統のある、織物の一大産地とされるところでの講演というわけで、カンボジアでのわたし個人の経験を語るだけでいいのだろうかと、すこし不安にも思いましたが、さまざまな困難を乗り越えながら、伝統織物の復興という、いわば直球勝負だけでここまでやってきたことを素直にお話しするなかで、何かを掴んでいただけるのではないかと思い直し、お引き受けすることにしました。

　主催されるのは、尾州テキスタイルデザイナー協会というテキスタイル関係の団体ではありますが、講演会には一般の方も参加できます。

□と　き：２月１９日（金）／１３時３０分〜１５時３０分
□ところ：（財）一宮地場産業ファッションデザインセンター　４階　視聴覚室
　　　　　愛知県一宮市大和町馬引字南正亀４−１（tel：0586-46-1361）

▼一宮地場産業ファッションデザインセンター（アクセス）
http://www.fdc138.com/summary/map.html

※参加費は無料ですが、会場準備の都合上、２月１２日（金）までに、以下の尾州テキスタイルデザイナー協会事務局までお申し込みをお願いいたします。
【問合せ先・申し込み先】
　尾州テキスタイルデザイナー協会　事務局
　tel：058-391-8511、fax：058-391-8512
　e-mail：gikekou@estate.ocn.ne.jp

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<title>ポジティブ思考のすすめ</title>
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<published>2009-12-14T01:25:56Z</published>
<updated>2010-01-25T01:31:13Z</updated>

<summary>　わたしは、自分自身はポジティブ思考だと思っている。そして、つねにそうありたいと...</summary>
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<content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://iktt.esprit-libre.org/">
　わたしは、自分自身はポジティブ思考だと思っている。そして、つねにそうありたいとも思っている。

　とても厳しい状況におかれたとき、その状況からさらに落ちていくと思うか、もうどん底なのだから後はあがるしかない、と考えるのでは、当然のことながら次のアクションが違ってくる。だからそんな状況に置かれたとき、わたしはつねに「今がどん底で、後はあがるしかない」を選ぶ。

　雨季、通り雨の後のアンコール・トム、バイヨン寺院に向かう参道が好きだった。雨上がりの、樹齢百年を超える樹木に囲まれた参道を、よくバイクで散歩していた。しかし、残念ながら、以前のようなヒヤッとした冷気を感じさせる森林浴の気分は最近味わえなくなった。

　数年前のある日の夕方、アンコール・トムの南大門で、前を走っていた車が、急に止まった。自分も急ブレーキを踏んだ。が、そのまま転倒。ちょうど雨上がり、砂地と雨がスリップしやすい状況を作っていた。乗っていたバイクは、オフロードタイプの少し大きなもの。その重さを、瞬間の状況の中で支えられずに転倒。以前なら、そのぐらいのアクシデントだと体力でカバーできていた。
　やはり少し歳を重ねて、体力と瞬発力の退化が、と思った。それ以来、大型バイクでのドライブは控えるようにした。そのとき、転倒しながらとてもリアルにバイクが倒れ、肩、そして顔と地面と順に接しながら、そしてメガネが飛んでいくのを覚えていた。それは、不思議な体験。これまでにもバイクの事故を何度か経験してきたが、さほど大きな事故とは言えない状況のなかでの記憶。

　しかし、その記憶がわたしに、お前はいつ死んでもおかしくない歳になったのだから、少しは、そんな準備をしておけよ、というアンコールの神々の声のように思えてきた。それを期に、それまでわたしの責任で動かしていた仕事を、思い切って育ちつつあるカンボジア人のスタッフに任せるように、ときには丸投げするようになった。基本の人事権なども。それから数年、今ではその成果が確実に出てきている。

　その一人、「伝統の森」の村長さん役のトール氏、先日も商業省が主催するシルク関係者の集まりに出て、一席ぶってきた、とうれしそうに報告してくれた。以前ならば、わたしも出ていたが、今では、そんな会議も彼らに任せていけるようになった。相手が、大臣であろうと遠慮なく、自分の活動を自信を持って話せる、そんな彼を見ていてうれしく思う。それも、バイク事故のおかげかもしれない。

　転んでも、ただでは起きない。何かをつかんで、次にプラスにしていく。それが信条でもある。

　つい数か月前にも、洪水に見舞われた「伝統の森」で、濁流の中に腰までつかりながらも、そのときも濁流が来たおかげで、と考えている自分がいた。不思議なものである。

　苗木が育ち始めたばかりの藍畑は全滅、すべて濁流に洗い流されてしまった。でも、わたしが言うまでもなく、すぐに新しい苗木を準備し始めた、藍畑のジッちゃん。そして、冠水して壊れた発電機や揚水機などの機械類を修理しながら、「伝統の森」の男たちが元気に働いている姿を見て、うれしく思った。破損した村の中の道路を直しながら、あわせて念願だった道路の整備拡張をすることができた。大変な力仕事、でも男たちは濁流が来たのだからと、と納得しながら汗して働いてくれた。

　これは、本当はオフレコなのだが、数年前、ある政府高官の秘書の方が、わたしたちの「伝統の森」の土地に興味をもたれた。そして土地の所有権は誰にあるのか、と迫ってきた。わたしに、カンボジア人の奥さんを貰って、その名義で土地を買っているんだろうと尋ねてきた。残念、ハズレ、なのだが。よくある外国人による土地転がしと勘違いされたようだ。「伝統の森」の土地は、ＩＫＴＴでの法人登記をし、その上で何人かの主要なスタッフの名前で登記されている。わたし個人の名義の土地はどこにもない。

　さらに秘書氏は、アンコール・トム郡の「伝統の森」の事業許可は、いつ誰が出したのか、と食い下がってくる。「伝統の森」の危機だった。

　わたしは、説明した。最初に小さな土地を取得、桑畑を始めるために井戸を掘り、何人かが住み始めて小さな家を建てた。そのとき、群役場に家の建築許可を取りに行ったが、普通の木造の家を建てるのに建築許可はいらないといわれた。そして、土地が増え、畑も少しずつ増え、住む人も増え、家も増えた。そして、気がつけば、今のように２００人ほどの人が住むようになった、と。

　ＩＫＴＴの「伝統の森」の事業の話を耳にすると、カンボジアでは、プロジェクトの内容よりもその土地に興味を示してくる人が多い。ここ何年も続いている土地バブルの中にいるせいなのかもしれないが。そのときも、危なく土地を取り上げられそうになったような気がする。でも、その仲裁に入っていただいた方がいた。偶然だが、その高官秘書とも知り合いで、直接、直談判していただいた。すべては、よい方向に動いた。仲裁に入っていただいた方は、本当に偶然知り合った方。しかしＩＫＴＴの活動や「伝統の森」の事業への理解があり、これまでに何度も「伝統の森」へ足を運んでいただいている。

　ちょうど一年前。来るべき金融危機や不況に備え、ＩＫＴＴのスタッフに「来年は売り上げが半分になるから、みんなの給料も半分しか払えないよ」と冗談半分、本気半分で話したことがある。そのおかげか、今年になって店の売り上げがときに半減してみんなの給料の支払いが遅れても、みんなはそれに備え、笑顔とまではいかないが耐えてくれた。

　そして、同時に、来年は布の売り上げも落ちるだろうから、布の生産数は上げなくてもいいから、そのエネルギーをクオリティに注ぐように説明し、図柄などへの具体的な方法を提起した。

　それから一年、でき上がりはじめた布に、その成果は確実に現れている。あたらしい布ができるまでに、おおかた一年は費やされるからなのだが。イヤーすごい、すばらしい布ができ始めている。わたしが欲しいと思うほど、布好きの人が見たら我慢できずに買ってしまうだろうな、という布たちである。

　不況だからと、落ち込むのではなく、それを乗り超える。そんな方法を模索することも、わたしの仕事。これまで、決して平坦な道ではなかった。ときには、存亡の危機とでも言えるようなことも。しかし、基本はポジティブ思考で過ごしてきた。そのおかげで、ここまでたどり着くことができたように思う。もちろんそれは、周辺でＩＫＴＴを支えてくれる多くの人たちがいることで可能になってきたのであるけれども。あらためて、感謝。
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<title>布が結ぶ人と人</title>
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<published>2009-12-13T00:31:52Z</published>
<updated>2010-01-25T00:35:46Z</updated>

<summary>　日本への行商の旅に出る数日前、シエムリアップのショップから電話がかかってきた。...</summary>
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　日本への行商の旅に出る数日前、シエムリアップのショップから電話がかかってきた。知り合いのオーストラリア人のＧが訪ねてきてくれていた。電話の向こうでＧは、時間がないので「伝統の森」にまではいけないのだがと謝りつつ、チェンマイで２０年前に買った木綿の布を持ってきた、それをお前にプレゼントするから受け取ってくれと言う。

　２０年前の木綿の布、不思議な感じがした。Ｇはカンボジアの伝統織物の研究者、すでに２冊の本を書いている。最近の著作には、ＩＫＴＴの絣布（ピダン）も紹介してくれている。大学生になる娘さんは、わたしの英語版の著書『Bayon Moon』を読んで、ＩＫＴＴの活動に興味をもち、ファンになったよ、と、彼女から聞かされたことがある。

　翌日、シエムリアップのショップで、その包みを開けて驚いた。なかには、茶色が基調のざっくりとした木綿の布が入っていた。布を見て、それが何であるかすぐにわかった。チェンマイのセンダーばあさんの布である。布と一緒に、彼女が２０年前にセンダーさんを訪ねたときの写真と、メモが入っていた。

　その小さな紙には、この布はおまえの『Bayon Moon』のなかで「今その布は手元にないが、わたしの記憶のなかに彼女の仕事がマスターピースとしてある」と書いていた布だと思うが、２０年前にわたしがチェンマイの工房を訪ねて購入したもの、これをお前にプレゼントする、と記されていた。
　タイ、カンボジアと２５年もの間、あちこちの村を訪ね、数多くの伝統の織り手たちと出会ってきた。そのなかでも別格の、わたしにとっては木綿の布を染め織るうえで多くのことを学ばせていただいた、今は亡くなられたセンダー・バンシットさん。いつも、手紡ぎされた木綿の糸の山の中で幸せそうに座っている彼女の姿が、強烈にわたしのなかにある。１０年ほど前に亡くなられたあとは、人間国宝となられたセンダーさんの織った布はタイでは国外持ち出し禁止になっていると聞く、そんな布である。

　急いで染めた色は急いで落ちる、そしてゆっくりと染めた色はゆっくりと落ちていく。藍染めに携わりながら、何度も色を重ねていくなかで、少しづつ深みを増す藍の色。ときに、半年ほどの時間をかけて染めていく。その、ゆっくりと染めるというきっかけを貰ったのはセンダーばあさんから。彼女の工房を訪ねたとき、これは去年染めたもの、これはまだ半年しかたっていないんだ、といいながら、深みのある色に自然の染料で染められた糸の束をわたしに見せてくれた。

　この束は２年目、そろそろいい色になってきたからこれで次に織ろうと思っている、と嬉しそうに話していた。最初は、わたしも２年と聞くだけで驚いた。しかし、私自身が木綿の糸を染めるようになり、なかなか染まりにくいことに苦労しつつ、その一方で染めて数年、ときに３年、５年と時間を置いた糸が、染めたときより深みのある色に変化していることに気づいたとき、センダーさんの話していたことの意味を知った。そして、それをより深く理解するようになったのは「伝統の森」で藍を染めるようになってから。急いで染めた色は急いで落ちる。それは染色の核心といえる。

　季節の移ろいや月の満ち干き。自然の時間の流れのなかで、自然を色にする。植物から摘出した色を布に糸においてやる。それは、自然の色が、布や糸になじむために必要な時間でもある。そんなことを学んできた。

　ちょうど今日、そんな出会いの経験のある、タイからの訪問者がやってきた。　タイテキスタイルソサエティのメンバー１２名。「伝統の森」で、昔ながらの材料や手順で布ができていくことを説明しながら、聞き入っていた参加者たちから、何度か驚きの声が。それは、たとえば生糸の精練にバナナの灰を使っていること、そのために何人かの女性が、町の市場のゴミ捨て場から拾ってきたバナナの実の幹のところを細かく裂いている。それを乾かし、燃やして灰を作る、そんな作業を見ながら。そして、絣の柄を括る紐に、バナナの繊維を使っていることなど。

　タイだけではなく、カンボジアの織物産地でも、今では、当たり前のように化学薬品やプラスチックの紐に取って代わられている素材の一つひとつを、昔ながらのやり方で作っていることへの驚きだった。それは、布を作り上げる素材への見直しでもある。素材は市場から買ってくればいい、ということではない。どこで誰が作ったかわからないものではなく、自分たちで、その素材から作る。それは、最終的にはできあがった布のクオリティとなって表れる。

　だから、単に昔のやり方がいいという一般論ではなく、確実にそのことに意味がある。それは、布の風合いとなって表れる。何百年、何千年と受け継がれてきた「人びとの知恵」なのである。

　そして、いい藍色を染めたいと思えば、じつは藍の木を元気に育てるためのいい土がいる。そのために牛を飼い、その糞から堆肥を作っている。染色だけではない。生糸を生み出す蚕の食べる桑の葉も同じ。桑の木が元気に育つにも、いい土がいる。それは綿の木も同じこと。つまり、染めや織りの仕事の基本は、じつは土なんだ。いい布を作りたいと思えば、いい土がいる。だから織りの基本は農業なんだ、そんな説明をした。タイテキスタイルソサエティの人たちは、これまでいろんな織りの現場を訪ねてきたけれども、そんな話を聞いたのは初めてだとなかば驚きながら、でもその理由に納得してくれていた。

　わたしのそんな、これまでのカンボジアでの伝統織物を復興する仕事に対し、タイテキスタイルソサエティの人たちから名誉会員の資格を贈られた。とてもうれしく光栄に思う。そんなタイからの訪問者に、ＩＫＴＴの持っているカンボジアの古布をみていただきながら、カンボジアの布の世界の話をさせてもらった。

　そんな、いまでは貴重なカンボジアの古布とともに、Ｇがわたしにプレゼントしてくれた、大切なセンダーさんの木綿の布を、いつか建設予定の「伝統の森の布ミュージアム」に展示したいと思った。

　ゆっくりと染めてやることや、元気のいい土がいること、それは、自然と人のかかわりとでも言える。布は、森の、そして自然の恵み。それは、土と水そして太陽という自然の循環と切り離すことはできない。だから、本当の自然のなかから生み出された色や布には、命がある。そんな気がしている。だから、まとうと温もりがあり、元気が出る、そんな布がいま「伝統の森」でできはじめている。

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<title>「Kyoto Journal」７３号で紹介されています</title>
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<published>2009-11-14T00:30:26Z</published>
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<summary>　京都で編集発行されている英字誌「Kyoto Journal」７３号に&quot;Mori...</summary>
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　京都で編集発行されている英字誌「Kyoto Journal」７３号に&quot;Morimoto Kikuo: Restoring a Cultural Ecology&quot;と題した記事が掲載されました。

　じつは２年前、京都外国語大学で開催されたIMAGINE PEACE というイベントに招かれ講演をしました。その講演の後で、このKyoto Journal の関係者の方たち

からロングインタビューを受けております。そのときのインタビューに加えて、「Bayon Moon」をも目を通していただいたうえで、この記事はまとめられているようです。ありがとうございました。

▼Kyoto Journal
http://www.kyotojournal.org/

　このKyoto Journalは一部1200円です。京都市内ではジュンク堂書店京都BAL店あるいは川端丸太町北東角のGreen e Booksで、東京都内では恵比寿のGood Day Booksなどでお求めになれるようです。

▼ジュンク堂書店京都ＢＡＬ店
http://www.junkudo.co.jp/kyotoBAL.htm
▼Green e Books
http://www.greenebooks.net/menu/ja.top.html
▼Good Day Books
http://www.gooddaybooks.com/contents/home?language=japanese

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<title>吉祥寺「蘇るクメールシルク展」のご案内</title>
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<published>2009-11-07T00:29:04Z</published>
<updated>2010-01-25T00:29:42Z</updated>

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　カンボジアの村での手織りシルクの生産を通じて、村人たちの自立を支援しているＮＰＯ法人ShienTokyoとのジョイントイベントの詳細が決まりました。

　ＩＫＴＴによる伝統的な手法によるシルクと、ShienTokyoが支援している村の手織りシルクを生かした様々なデザインの服や小物をお楽しみください。

　会場は、韓国百菜食堂minariミナリさんにご協力いただきます。１ドリンク付き、あるいはランチ付の参加費をお申し受けます。

□と　き：１２月２日（水）１３時から２２時まで展示販売
　　　　　１２月３日（木）１２時から２２時まで展示販売
　　　　　★報告会（イベント）のスケジュールは以下のとおりです。
　　　　　２日〔夜の部〕開演19:30〜終了21:00（１ドリンク付）
　　　　　３日〔昼の部〕開演12:00〜終了15:00（ランチ付）
　　　　　　　〔夜の部〕開演19:30〜終了21:00（１ドリンク付)
□ところ：韓国百菜食堂　minariミナリ
　　　　　武蔵野市吉祥寺本町2-14-7 ＬＩＶＥＳビルB1
□参加費：３日の昼の部（ランチ付）は\2250、
　　　　　両日の夜の部（１ドリンク付）は\1000になります。
　　　　　また、イベント以外の時間帯での展示即売会へのご参加の方は、
　　　　　参加費\500（１ドリンク付）を申し受けます。
※なお、両日とも夜の部は、イベント（報告会）の前か後に、レストランでの
お食事もお楽しみいただけます（ご予約の際に承ります）。
※席に限りがございますので、事前予約を11月30日までにお願いいたします。
□申込み：mail：contact＠shientokyo.org〔＠を半角に変換してご送信ください〕
　　　　　TEL：090-1603-8096（水谷）

▼韓国百菜食堂　minariミナリ
http://www.good24.jp/shop/f325.html
▼NPO法人ShienTokyo
http://shientokyo.org/


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<title>テキスタイル・ラバー（その２）</title>
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<published>2009-11-07T00:18:48Z</published>
<updated>2010-01-25T00:28:45Z</updated>

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<content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://iktt.esprit-libre.org/">
　わたしに『ＨＡＬＩ』という雑誌の存在を教えてくれたＫは、ラオス出身の女性で、１９７５年のパテトラオによるビエンチャン陥落のあと、英語の教師だったオーストラリア人の彼と離れ離れになり、その彼が闇夜に紛れて潜水具を携えてメコン河をわたり、二人してタイに逃避してきたという物語の主人公で、その実話はハリウッド映画にもなったことで知られている。そんな出自ゆえなのか、バンコックでラオスの古い布などを扱うようになり、気がつけば東南アジアの布を扱うバンコックでも知られた著名なディーラーのひとりになっていた。

　８３年からバンコックに住み始めていたわたしも、時間をみつけては、手作りの布を扱う店や、実際にそれらの布が織られている村を訪ねたりしていた。不思議だったのは、訪ねてみると、その多くがラオ系の人たちがオーナーだったり、ラオスの王家に仕えて織物をしていた人たちであったこと。陥落したビエンチャンをあとにタイに逃避してきた人たちが、もともとラオスでやっていたハンディクラフトのビジネスを、市場のあるバンコックで続けていたのであった。

　そして、もとはフランスの影響下で美的に洗練されたデザインの工芸の世界がラオスにはあったように思え、その伝統を活かす人たちが、当時のタイに暮らしていた。それは８０年代前半の話。まだ日本では、タイシルクや、その再興の祖ジム・トンプソンの名前さえ、あまり知られていなかったころである。

　やがて、８５年ごろから急成長し始めるタイ経済のかたわらで、ハンディクラフトと呼ばれる手織物の世界は、観光産業とともに急成長し始める。タイシルクも、観光で訪れる人たちにとっての「定番」となっていく。そうした変化とともに、ラオ系の人たちは自分たちの出自を語ることもなくなり、新しいシーンのなかで生まれ育った「おみやげ物文化」を担う、若い中国系タイ人ビジネスマンが主役になっていく。結果としてそれは、大量生産による「金太郎飴」のような工芸品を生み出していくことになるのだが。
　そんなラオ・コネクションのキーパーソンのひとり、Ｋはバンコックの中心部にあるホテルのショッピングアーケードに、布を主にしたアンティークショップを持っていた。わたしも機会があれば訪ね、新しく入った布を見るのが楽しみだった。当時、今でもそうかもしれないが、バンコックにはビルマやラオス、そしてカンボジアなどの東南アジア半島部の質の高い伝統織物の古布が持ち込まれ、それを目当てに世界中から布好きの人たちや、ディーラーが集まってきていた。まだ珍しかった、インドのナガランドの織物も見つけることができたほど。

　店に展示する以外にも、彼女は膨大なコレクションを持っていた。それは、自分で手に入れたものもあれば、預かりというかたちで、世に出る機会を待つものも。そのなかには、溜息の出るような、１００年は経つであろう、すばらしい大判のカンボジア絹絣が何点か含まれていた。彼女の自宅を訪ね、それを見せてもらったりもした。そのなかの何点かはオーストラリアのコレクターの手に渡り、その後ロンドンのディーラーへ、そして噂ではパリのディーラー経由で、数年後には日本のミュージアムのコレクションになった布もある。その経緯も含め、その布に描かれたナーガの模様にたとえ、「彷徨えるナーガ」の物語とわたしは呼んでいる。

　２００２年９月、テキスタイル・ソサエティ・オブ・アメリカからの招聘により、マサチューセッツ州のノースハンプトンで開催されたシンポジウムに参加した。そのときも、熱心に質問してくる人がいた。そしてシンポジウムの後で、彼女はわたしに、カンボジア絣のコレクションの写真を見せてくれた。それは５０枚を超える布、なかにはわたしも見たことがない図柄のものも含まれていた。彼女は、じつはアリゾナのミュージアムの学芸員で、専門は古絨毯。その買付のために、バンコックのアンティークショップをよく訪ねていたようで、目当てのカーペットの横にあるカンボジアの古布に眼が行き、気がつけばコレクターに、ということらしい。わたしが、このシンポジウムに来ることを知って、写真を用意していてくれたようだ。「シンポジウムが終わったら、アリゾナまで見に来い」と誘われてしまった。心は動けど、で次回にと約束して別れた。

　世界には、そんな布好きの人たち、テキスタイル・ラバーと呼べる人たちがたくさんいる。かつては世界中で織られていた本当の自然素材だけの手作りの布。そんな古い布が持つ、不思議な手触り。そして、作り手の心がこもった布。そんな布に心惹かれるがゆえ、なのだろう。そして、そこに描かれた模様や色に引かれる。自然の中で生み出された自然の繊維を色にし、織る。そんな古くからの人びとの営み。そこには、現代の機械で大量生産された、消耗品としての布にはない、自然の温もりがあるのではないだろうか。

　ＩＫＴＴの布を、わたしは、ときに薬だと説明する。それは、織り手の温もりが布に宿っていること、そしてすべて自然のものだけを素材とし、人の手だけで作られ、まとうと気持ちよくなれる布だから。だが、「まとう」という言葉自体が、すでに日本では死語になっている。ひと昔前であれば、普通にあった言葉。そして、自然の手作りの布の風合いもまた、いまでは失われてしまっている。もどきはほんとうにたくさんあるけれども。

　わたしはＩＫＴＴで、その極みに位置する布を、これが本当の自然の手づくりの布なのだと、それでしか生まれない風合いなのだ、といえるものを作り続けることの大切さを、いま自覚している。世界の本当に布が好きな人たち、テキスタイル・ラバーのひとたちに、そんな布を届けるために。
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